575話・勇者の左手と笑う法王
今回は三人称でお送りいたします。
法王による隕石の超電磁砲が炸裂する。
すさまじい加速により音速を越えた隕石が、ヒナたちに迫る。
それは、この戦いの勝敗の分かれ目だった。
「!!」
商人ミウラサキが異常な熱源に気づいた。
彼は後ろ手で魔槍トライアドを伸ばし、時間停止の能力を発動させた。
……静止した時間の中では、際限のない静寂が訪れている。
この認識は、ミウラサキにしか感じることができない。
止めていられるのは、瞬きほどのほんの一瞬だったが、この時空は彼のものとなった。
とはいえ迫りくる巨大隕石に対して、打てる手は限られている。
あまりにも隕石が大きすぎるために、破壊は難しい。
弾道を変えることも不可能ではないが、8歳から人生の時間をやり直し中のミウラサキの頭脳では軌道の計算はできない。
ミウラサキが取った行動はシンプル、ヒナと小夜子を掴んで放り投げることだ。
蹴り飛ばす方が合理的ではあったが、少年ミウラサキにはそこまで乱暴な手段を取ることはできなかった。
ヒナのドレスの裾を掴み、ほとんど裸でつかむところのない小夜子の背中のベルトを掴み、湖に投げ込む。
時間停止中に彼にできた行動はこれだけだった。
仲間を投げ飛ばしたミウラサキは、死を覚悟した。
──せっかくエルマちゃんに治してもらったけど、ボクは今度こそ、ここまで……だ。
彼が目を閉じて、前世の両親の顔を思い浮かべたとき、思いもしないことが起きた。
超電磁砲の加速により、すさまじい弾速で飛んできた隕石が静止しているのだ。
「隕石が……浮いてる?」
ミウラサキが目を見開いたまま固まった。
「カッちゃん!」
投げ飛ばされて難を逃れた小夜子が、すかさず障壁を飛ばしてミウラサキを守る。
「カレム君。トシ……無茶ばかりして」
同様に助けられたヒナは、静止した隕石の一部に残った骨の破片を見つめていた。
一方、この隕石による超電磁砲を仕掛けたラーは、ハッとした表情で勇者トシヒコに語る。
「精霊と同化させていた腕を切り離し、重力操作で隕石を止めたのか!」
「……小僧が。俺様のもうひとつの能力。『重力操作』を忘れてたな……」
「ドルイドモードと同時に使えるとは思わなかった。ましてや解除中に電磁砲の加速に追いつくなど……」
「おかげでこのザマだぜ」
トシヒコはおどけて左手を振って見せた。しかし肘下から先はなかった。
彼はラーの隕石による超電磁砲を止めるために左手を光に変換して切り離し、電磁砲の加速を無効化させた。
「ミウラサキが一瞬でも時を止めなかったら、間に合わなかったかもしれねえ。そしたらヒナちゃんも小夜ちゃんも消し炭だった。さすがだミウラサキ。助かったぜ……」
勇者も冷や汗を浮かべていた。
長きにわたるこの戦いの中でも、もっとも致命的な瞬間であることを理解していた。
「でもトシヒコ君の手が……」
「安い安い。ましてや鬼畜令嬢と、あのおにゃの子に治療してもらえると思うと、な」
おどけた様子でエルマとネフェルフローレンに手を振るトシヒコ。
そんな彼に、エルマは大げさに礼をして言った。
「お代は高くつきますわよ♪ 勇者さま♪」
「しぃー、エルマ黙ってろ。いやいや、法王さま滅相もありません。わがロンレアは決してあなた様には逆らいません!」
一方、直行はラーにぺこぺこと頭を下げながら愛想笑いを浮かべていた。
逆らったら即死の可能性のある〝強制〟の魔法がかけられている以上、たとえ“フリ”でも勇者の回復は請け負えない。
ロンレア領を法王庁傘下に取られた直行にとって、どれほどみじめだろうとも自身は生き延びて、自治権を取り戻さなければならない。
「…………」
一方、法王は先ほどからずっと押し黙ったまま、考えを巡らせていた。
(勇者の思惑通り、聖龍討伐が勝利条件に移行し、起死回生の反撃も、左腕一本で防がれた……)
ラーの限界はすでに過ぎていた。
兄王の治療から続いた連戦で、体内に残る魔力はほぼ使い果たした。
立っているのもやっとなほど疲れ果てていた。
体力も限界を超え、気を抜くと膝がガクガクと鳴りだす。
達人級の魔導士でも一日に何度も撃てないであろう隕石落としの魔法を、幾度となく撃った。
彼が補助具とした『四界龍王の王笏』と呼ばれた国宝も、存在そのものを〝なかったこと〟にされてしまった。
勇者トシヒコに不意打ちを食わせる選択肢もないではなかったが、合理的に考えて、成功する見込みは低かった。
(降伏するか否か……)
ラーの脳裏には降伏の二文字さえ浮かんでいた。
命が惜しいわけではない。
しかし今のままでは聖龍を失う。
それは信仰のよりどころだけではなく、この世界そのものを変えうる一大事に他ならなかった。
自身の命を差し出すことで、聖龍とこの世界を生かすことは可能だろうか。
普段はほとんど感情に乱れがないラー・スノールだが、さすがに鼓動は乱れ、四肢は震えていた。
しかし彼は王族であるがゆえに、決して人前では疲れた様子を見せるわけにはいかない。
(兄上……)
ラーは足元に転がった兄の大剣グラム・レプリカを見た。
魔法が使えないという劣等感を、周囲には決して見せずに武断派の国王として邁進した兄なら、どうしたであろうか。
──考えるまでもなかった。
「お前さんの目は、まだ死んでねえな。それでこそだぜ。来いよ、決着をつけようぜ」
トシヒコは嬉々として大きく構えをとった。
「……この戦いの果てに何があろうとも。わが命尽きるまで戦い続けよう」
ラーは気力を振り絞って立った。
王子としての誇りなのか、法王としての責任なのかは分からないが、心が燃え上がるように熱かった。
湧き上がってくるふしぎな高揚感を押さえられずに、ラーは高らかに笑った。
次回予告(お知らせ)
エルマ「このお話がアップロードされた頃に、宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』が公開されましたわ♪」
直行「『君たちはどう生きるか』こっちが知りたいわい」
エルマ「あたくしたち、微妙に詰んでますからね」
知里「まあね……」
エルマ「空気がしんみりしたところで、次回の更新は7月19日を予定していますわ♪ ちょっと明日にでも映画を見に行ってきましょう♪」
直行「『俺たちはどう生きるか』お楽しみに……」




