570話・それぞれのオリジン
今回は三人称によりお送りします。
トシヒコによる聖龍討伐指令を受けたヒナたち勇者パーティ──。
真っ先に反応を示したのは、商人カレム・ミウラサキだった。
彼は魔槍を携えたまま、聖龍を見据えた。
「聖龍さまを倒すって、取り返しのつかないことだと思う……」
「言ったろミウラサキ、無理に従う必要はねえ。“ふたつの世界の懸け橋になりたい”と、お前は言ってたもんな」
トシヒコは弟に言うような口調で諭した。
それに対してミウラサキは静かに答えた。
「……ボクは13歳までこの世界で、ディンドラッド商会の御曹司ジルヴァンとして育った。そのときの記憶は消えてしまって、ボクは前世の記憶、8歳で死んだところから異世界で人生をやり直しだ」
彼は心の奥底でずっと罪悪感を感じていた。
13歳までの自分=ジルヴァンの精神がどこに消えたのか、彼の肉体を乗っ取ってしまったのではないかという思いが、転生者カレム・ミウラサキの心の奥底にある。
「だから“ふたつの世界の懸け橋になりたい”って、いまでもそう思ってる」
ミウラサキが哀しそうな表情でラーを見た。
「……でも、どちらかが壊されてしまったら、橋だってかけようがないでしょ。法王の人は橋を壊した。トシヒコ君はそう思っているんだよね?」
「…………」
トシヒコもラーも、ミウラサキの言葉には何も言わなかった。
レーシングスーツ姿の転生者は続ける。
「ボクだっていつまでも子供じゃいられない。ボクだけがキレイごとの世界に生きるわけにはいかない。たとえ元の肉体の持ち主ジルヴァンの意志に反するとしても、ボクはトシヒコ君と一緒に戦う道を選ぶ!」
ミウラサキは魔槍トライアドを構え、大きく息を吸い込んだ。
「だってボクはトシヒコ君の仲間、勇者パーティの一員なんだから!」
満面の笑みのミウラサキに、勇者トシヒコは少し胸が痛くなる。
「悪ぃなカレム。あんがとよ……」
「……カレム君は決めたわね。ママはどう思う?」
一方、ヒナにとってトシヒコの決断は乱暴だと思えた。
しかし現在、一刻を争う状況だということは分かっている。
アイカが身を挺して、復活させてくれたことも理解しているつもりだった
ヒナは次の言葉が出せずに、母親である小夜子の方を見た。
ビキニ鎧を着た女戦士の答えは明確だった。
「私は聖龍さまを殺したくない。だから戦わない。でも、みんなの命を守ることも放棄しない。トシちゃんやカッちゃんは自分で考えて決めたことだから止めないけど、私は私で決めたことをやる。だからヒナちゃんも、自分で決めたことを全うすればいいと思うわ。だから自分で決めなさい!」
それでも戦わない決断したと小夜子。
そしてヒナに自分で判断しろと言い切った。
そんな小夜子の姿勢と言葉は、間違いなく母親のものだった。
「ヒナちゃんが決めたことをやればいいの。私が守るから。私の望みはただひとつ。誰も、死なせないことだから」
小夜子の頑なとも思える決意はいつも一貫していた。
そんな揺るぎない意志を、勇者トシヒコは誇りに思っていた。
「いいぜ小夜ちゃん。俺たちの恩人アイカと鬼畜令嬢とハーフエルフの少女を守ってやってくれ。ついでに恥知らずと金髪の別嬪さんも頼むぜ」
「まっかせなさーい!」
トシヒコの軽口に、胸を張って応じる小夜子。
「ママ……」
ヒナはそんな小夜子の堂々とした姿に、心が熱くなるのを感じた。
「……ねえヒナちゃん。こんなときに言うのも何だけど、未来の私、母親らしいことがやれたのかな。親としての自覚がないまま、あなたから逃げててゴメンなさい」
小夜子もまた、ヒナの目からこぼれる涙に気づき、心が燃える。
ずっと向き合えずにいた心を打ち明けた。
「ううん。ママはいつだって、ヒナの背中を押してくれたよ。会えてよかった。ママの娘でよかった」
顔をくしゃくしゃにしたヒナを、小夜子は優しく抱いた。
「ヒナは戦うよ。悪者になったっていい。聖龍さまは可愛そうだけど、放置できない。アイカがつなげてくれた未来と、勇者自治区のみんなのために……」
ミウラサキ、ヒナ、小夜子。
それぞれは心を定め、聖龍に挑む。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「直行は90年代の人だよね。ちょっと聞きたいんだけど“シドチェーン”って知ってる?」
直行「お、おう。南京錠ネックレスだよな。当時はシドネックチェーンとかいってた。知里さんパンク好きだもんな、興味あるのか?」
知里「いや、アレに書いてあるRの文字あるじゃん。シド・ヴィシャスともピストルズとも関係ないのにどうしてRなのさ。漫画『NA〇A』でもお馴染みのアレなんだけど」
直行「製造していたメーカーの社名からRの文字がついたみたいだけどな」
知里「いま知った! Rにはそんな意味が!」
直行「次回の更新は6月30日を予定しています『恥知らずと鬼畜令嬢R』お楽しみに」




