表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/733

55話・レイクビュースイートの甘い昼下がり

 勇者自治区のVIP御用達ホテル。

 「転移者用スイート」の内装は、ほとんど現代社会の高級ホテルと変わらなかった。

 まず驚いたのが電気がつく事だ。


 もっとも、発電所があるわけではなさそうだ。

 精霊石と電気の併用という、科学と魔法のいいとこどりの技術が使われているという。

 それにしても、すごい。


「レイクビューの景観も申し分ないしな」

 

 大きなガラス窓は透明度が高く、外の景色が一望できる。

 何ていう湖なのかは知らないけれど、エメラルドグリーンの美しい湖が一面に広がっていた。

 午後の日差しを受けて、真っ白な帆を広げた船が優雅に航行している様子が見える。


 俺は景色を楽しむのもそこそこに、バスルームへと向かった。


 思っていた通りの、広いバスタブと普通にお湯が出るシャワー。

 アメニティグッズも充実している。


 この世界にも石けんはあるけれど、素朴で無臭またはハーブのような香りがほとんど。

 しかし自治区のそれは、まさに俺が知っている石けんの香りだ。

 特にT字カミソリが当たり前のように置かれていたことには心底驚いた。


 思えば、髭剃りの失敗からマナポーションを化粧水にするアイデアを思いついたのだ。


 2カ月で6000万ゼニル稼いだ! 

 魔物に襲われたが、誰も死なせなかった。


 よくやった、俺。

 ……などと、感慨にふけりながら、バスタイムを満喫する。


「直行さま。お湯加減はいかがですか?」


 ふと、聞き慣れた声がして振り向くと、バスタオル1枚に身を包んだレモリーがかしずいていた。

 ここ、俺の一人部屋だけど……?


挿絵(By みてみん)


「レモリー、いつからそこに?」

「はい。先ほどからずっと……」

「ここの風呂は、温度調節を自動でやってくれている」

「はい……さようですか。それは、とても贅沢な設備ですね」

「だから、気づかいは無用だ。もう、風呂には入ったのか?」

「はい。おかげさまで傷跡も残らずに回復しましたので。ご報告とお礼も兼ねて、失礼いたしました」


 そう言ってレモリーは腕や肩など、飛竜に引き裂かれた箇所を見せた。

 相当に深い傷を負っていたはずだけれども、回復魔法の力によって跡形もないくらいに綺麗に治っていた。

 ていうか、レモリーの肌はすごくキレイだ。


「直行さまの、的確な判断と迅速な措置により、私はこうして一命を取り留めました。感謝と、心からの敬意を表します」

「……いや、その、良い偶然が重なったというか。知里さん、ネンちゃん、小夜子さんも良くしてくれた」

「いいえ。直行さまあっての事です。私は人様に命を救われたのは2度目ですが、これほどの危機はありませんでした。今日という日を生涯忘れることはないでしょう」


 裸でそんなことを言われても、重すぎて困る。

 俺は目のやり場もない。

 返す言葉にも詰まってしまい、しどろもどろだ。


「レモリーが生きていてくれて、良かった」

「はい、直行さま。いかようにもなさってください……」


 レモリーは、顔を高揚させてジト目で俺を見据えている。

 これは、ひょっとして……。

 俺は湯船から上がって、レモリーを抱き寄せようとした……。

 

 ピンポーン!

 その時だ。

 ドアのインターホンが高らかに鳴った。


「……いぶきか?」


 俺は、いそいそとバスローブを羽織って玄関先まで小走りで行った。

 ドアアイを覗き込んで確認すると、トランクを抱えた帽子の女性がたたずんでいた。

 昭和初期のモダンガールと言ったらいいのだろうか。


「どちらさまで?」

「仕立て屋のティティと申します。九重(ここのえ) 直行(なおゆき)さまでいらっしゃいますか。神田治(かんだはる)いぶきさまのご用命で参りましたがご都合よろしいでしょうか?」


 まいったな。バスルームにレモリーを残したままだ。


「すみません、いま入浴中なので、隣室の八十島(やそじま) 小夜子(さよこ)さんの用件の方を、先にお願いします」


 そう言って俺はこの場を切り抜けることにした。

 万が一エルマに知られたら、何を言われるか分かったものじゃないし。


「はい、どなたかお客様ですか?」


 レモリーがバスタオル姿のまま飛び出してきた。

 心なしか、怒っているようにも見える。


「仕立て屋さんが来たので、先に小夜子さんの部屋に行ってもらった」

「はい。そうですか」


 素っ気なく言って、レモリーは奥の脱衣所に戻り、バスローブを羽織ってきた。 

 最初から着てくればいいのに、と思ったけれども、これは女心の何かなのか?

 さっきの重い発言と、この態度をどう読み解いたらいいのだろう。


 考えてみたら、レモリーとは出会ってまだ2カ月足らず。 


 しかも住む世界がまるで違う、異世界人と現代日本人だ。

 エルマは焚きつけるように言うけれども、異世界人と現代人では価値観が異なるのだ。

 ましてや恋愛観の違いなんて、俺にはまだ分からない。


「……レモリーの真意とは。なんてな」


 ただでさえ女心なんて分からないのに、異世界の恋愛観など全く想像もつかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] エルマの居ぬ間にレモリーといい感じですか?直行も罪な男です。もっともエルマからすればその方が面白いんでしょうけど。
[良い点] 仕立て屋さんのバカああ〜!! せっかく良いところだったのに〜! レモリー大好きです〜!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ