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567話・「この日のために生まれてきたっす」


 俺は魔槍トライアドを短く持って呼吸を整えた。


 この世界で“魔法武器”と呼ばれるものに触れたのはこれで3度目だが、ミウラサキが愛用し、魔王を滅ぼした槍は吸いつくように軽かった。


 すさまじい得物だと、戦闘の素人の俺でも分かる。


 いまから俺は、アイカの両腕を斬り落とす。

 賢者ヒナの壊死した両腕を復元させるための素材として、アイカが申し出た自己犠牲。 


 まさか同年代の女子の両腕を斬り落とすとは、1ミリだって思わなかった。

 しかも敵ではなく、恩人でもあるアイカ。


「さあ、一思いにバッサリといってほしいっす」


 アイカは俺の目の前で両手を広げ、唇をかみしめている。


「舌を噛むと良くありませんから猿轡(さるぐつわ)をかましましょうか♪ レモリー、止血と痛み止めの麻痺をお願いしますわ♪」


「はい。精霊が言うことを聞いてくれるか分かりませんが、強制執行でも必ず術は発動させます」


 エルマの指示に従い、レモリーも精霊術の詠唱準備に取りかかる。


「ウチのこの腕が、ヒナさまと勇者自治区の未来につながるなら……」


 いくらアイカが腹をくくったと言っても、現代女性が両腕を斬り落とされるのは想像を絶する決断だ。

 彼女の肩は震え、緊張のためか額や首筋、そして失うことになる両腕から大量の汗が流れていた。


 気丈に振る舞うアイカだが、まるで死刑執行を待っているかのような重苦しい雰囲気だ。

 

 ──俺にできるか……?


 この世界に召喚されて、主に商人として活動してきた。


 人を殺したことはまだない。


 しかし命の危機は何度もあったし、決闘裁判では命のやり取りを経験した。


 俺にアイカの腕を斬り落とせる腕力はなさそうだが、魔槍トライアドの力を借りれば不可能ではなさそうだ。


 幸いというか、この槍にはミウラサキの能力を底上げするような「加速」と「減速」機能が備わっており、しかも掃除機のスイッチのように分かりやすい仕様になっている。


「直行くん! 何を考えてるのよ! アイカも止めよう!」


 ヒナは声を荒げて抵抗するが、両手両足が機能していないので、胴体と首だけで暴れている。しかも動き回るたびに激痛が走るのか、ときおり顔を歪める。


 かなり痛々しい状況だ。


「……そうだレモリーさん。精霊魔法が使えるんすよね。ヒナさまを静かにさせて、できれば眠らせてもらえると助かるっす」


 レモリーがハンカチを噛まして猿轡させようとしていたとき、アイカが言った。


「ふざけないで! こんなこと……さ……」


「風の精霊に命じる。音をかき消し、彼女の周囲を静寂に」


 ヒナが語気を強めていったが、その声は次第にかき消されていった。

 

 レモリーの風の精霊術が発現したのだ。


「眠りの妖精『砂男』の名において、彼女に健やかな眠りをもたらしたまえ」


 さらに睡眠魔法でヒナを眠らせるレモリー。


 怯えてしまった精霊を命令に従わせるのは難しいと言っていたが、彼女の強い気持ちが、精霊に言うことを聞かせたのか。


「あざっす」


 アイカの礼に、レモリーは真剣な表情で頷いた。


「……いいえ。アイカさまは私にとって大恩人です」 


「ウチが恩人? マジっすか? 何かあったっすか?」


「はい。直行さまがはじめてヒナさまと会食された際、私に同席を勧められました。当時は奴隷で、ただの従者であった私に対してのお気遣いとご厚意。片時も忘れたことはありません」


 そういえばあのときのディナーの席で、アイカはほぼ初対面のレモリーを気にかけてくれていた。

 

「……はい。アイカさまの傷口の保存はお任せください」  


 あの一件が、レモリーを変えるキッカケになったのかも知れない。


「さぁ直行くん。ちゃっちゃとやっちまおうっす。天才ひしめくこの戦場で、ウチみたいな凡人にできることと言ったら体張る程度なんですよ。命かけねえと道は開けねえっすから」


「だよな。レモリー、援護は頼むぞ」


 俺は頷き、歯を食いしばって魔槍トライアドを構えた。


 ──そのとき、背後からふわりと洒脱な香水の匂いが漂い、飄々としたあの男が姿を現した。 


「あのな色男。そんなへっぴり腰じゃ人体を断つなんざ無理だぜ。肩と腕の関節の隙間なんて狙えねえだろ」


 勇者トシヒコは俺から無理やりトライアドを奪い取ると、大きく振るった。


挿絵(By みてみん)


 まさに一閃としか言いようがない、鮮やかな槍さばき。


 肩口からアイカの両腕を飛ばし、重力操作で空中に浮かべた。


「アイカ。お前さんの覚悟が世界を変えた。礼を言うぜ」


「ウチ、この日のために生まれてきたっす……」


 アイカの目に、涙がにじんでいた。

 トシヒコは彼女の頭を軽くなでると、エルマのいる方に向かってアイカの両腕を飛ばした。


「鬼畜令嬢! アイカの思いを受け取れ! ヒナちゃんを頼むぜ」


「はい」


 エルマが真剣な顔で強く頷いた。ネンちゃんも口元を引き締める。


 アイカの自己犠牲の元、斬り落とされた両腕を素体とし、女賢者ヒナの壊死した両腕を再生させる。


 この結果が、おそらく世界の行方を左右する。



次回予告

※本編とはまったく関係ありません。


エルマ「あたくしたちの敬愛するグレタさんが高校卒業されましたわ♪」


直行「あれ? 学校ストライキしてたり、デモに参加してたんじゃなかったっけ?」


エルマ「ストは週一ですわ♪ デモにも参加してましたけど♪ 高校も無事卒業されましたわー♪ おめでたいですわー♪ ねー知里さん♪」


知里「あたしに同意を求められても困るけどね」


直行「しかしエルマよ。お前本当にグレタさんのファンなのか? 俺にはどうもそんな印象は受けないんだが、気のせいか?」


エルマ「そ、そんなことありませんわ♪ とても敬愛してますわ♪」


直行「じゃあ今日からエアコンの設定温度は28℃だな」


知里「次回の更新は6月15日を予定しています『エルマの卒業』お楽しみに」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人体を断つというこの苛烈な場面、まさかのトシヒコがかっさらいましたね。というか、直行の手を汚すまいと現れたトシヒコ。かっこよかった。畳みかける緊張と張り詰めた空気を一閃に、一行で華麗に持っ…
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