566話・アイカの覚悟
「ヒナ様、ウチの両手を使ってくださいっす」
両腕が壊死して治療不可能になったヒナの代わりに、自身の両腕を差し出すと申し出たアイカ。
「……」
突然この場に現れて、どうしてそんな極端な決断ができるのか、状況を理解しているのか。
俺にはアイカの行動が理解できなかった。
「……たぶん、今日このときのためにウチはこの世界に来たっす」
どうしてそこまでアイカがヒナにその身をささげるのか……。
確か全裸で戦ってボコボコにされて土下座をさせられたというが、人はそんなことで両腕を差し出すような人間関係を築けるのか、俺にはよく分からない。
「なにを言ってるの、アイカ」
当然、ヒナも納得しない。
しかしアイカは一歩も引かずに鋭い目つきでヒナを睨み返した。
「……ヒナさま。ずっと考えてたっす。ウチはガチで頭わるいし、戦いもできない。元遊び人でだらしない人間っす。人違いで召喚されたときから、何のために呼ばれたのか、ずっと考えてたっす……」
そういえば俺がはじめてアイカと会ったとき、彼女は「元の世界に帰る気はない。転生者だと思ってほしい」と話していた。
元の世界で彼女は自らを「元遊び人」と語っていたが、具体的にどんな暮らしをしていたのか、何に後悔しているのか、俺には分からない。
「この世界に来てから3年くらいで、自治区の街はすげえ大きくなって、毎日お風呂にも入れるようになって、めちゃ美味しいものが食べられるようになって、ハンパねえって思ったんすよね……」
勇者自治区のすさまじい速度での発展が、この世界の価値観を揺すぶっていたのは俺も肌で感じている。
「ヒナさまの召喚とか、技術者の人とか皆すげぇのに、ウチみたいな底辺が、国づくり、街づくりに活躍できるわけなくて……。ずっと〝何のためにここにいるのか〟って考えてたっす。だから今!」
アイカの感じていた気持ちは分からなくもないが、そこまで思いつめていたとは。
彼女は見た目よりもずっと繊細な人なのかもしれない。
「アイカ。ヒナはそうは思わない。あなたはもはや勇者自治区になくてはならない存在。今まで通り……」
「時間ないっすよ。小夜子さまだって、いつまで法王を抑えていられるか分かんねえっすから」
諭すようなヒナの言葉をアイカは再度打ち切った。
「ヒナさまには! この手で未来をつかんでほしいっす」
そしてエルマの元へと駆け寄り、奴の手を取り、頭を下げた。
「鬼畜令嬢! ガチで頼みます」
アイカの懇願を受けて、エルマは少し寂しそうに微笑んで、言った。
「……アイカさんの言うように、腕を移植することは不可能ではありませんわ♪ ただし、ネンさんの回復魔法で補ったとしても、神経接続時の拒絶反応、まともに動かせない可能性もありますわ♪ それでもいいなら、やりましょう♪」
「ちょっと! バカなこと言わないで頂戴! エルマさんもやめて! そんなことできるわけないじゃない!」
2人のやりとりに、ヒナが言葉を荒げた。
しかし両手も両足も動かせないので近づくこともできずに、上体を動かすことしかできなかった。
「……前にヒナさま言ってました。“魔法とは思いの強さ”だと。ウチはいい加減な人間だから、魔法なんて信じてなかったすけど、ウチを生き返らせてくれたヒナさまのことは信じてるっす」
「アイカ!自己犠牲はやめて! リスクが大きすぎる!」
「ヒナさまには最後まで戦ってほしいんすよ! そのためにウチができることなら命だって惜しまねえっす」
押し問答が続いている。
俺は、ヒナとエルマたちから少しだけ離れたところに立ち、考えていた。
アイカがなぜそうしようと思ったのか……。
彼女の意志は極端だが、その気持ちの何分の一かは分からないでもなかった。
たぶん能力的に、アイカに近い位置にいるのが俺だ。
個人の能力では、世界を変えることができない。
そんな中で必死でもがいて、できることを探している。
アイカにとって、勇者自治区の発展とヒナの復活に自らの思いを全部託すことが、彼女のすべてなのだろう。
俺の思い過ごしかも知れないが、彼女にとってヒナと勇者自治区は自分の命よりも大切な存在なのだろう。
「……アイカさん。何か手伝えることがあれば言ってくれ」
そんな彼女に、俺は恐る恐る尋ねた。
さすがに彼女の代わりに両腕を差し出す覚悟はない。
しかし、ひとつあるとすれば……。
「直行くん。ならウチの両腕ぶった切って……」
「アイカ! ヒナ怒るよ!」
俺の予想通りのアイカの返答と、ヒナの怒号だった。
いま、この場にいる人員で〝それ〟ができるのは俺とレモリーしかいない。
知里は三人の“七福人”と交戦中で、それどころではない。
ちょうど足元には知里が持っていた魔槍トライアドが転がっている。
問題は俺に人間の腕を切断する度胸と腕力があるかどうかだが、こればかりは覚悟を決めてやるしかない。
「……ヒナちゃんさん。アイカさんの気持ちを受けよう。彼女の腕は、代替物が見つかった時点でエルマが責任をもって治療する。だろ? エルマ」
「仕方がありませんわ♪ アンナ女史の研究室で太歳を培養したら、特別サービスで腕を6本つけて差し上げましょう♪ 阿修羅アイカの爆誕ですわ♪」
「……いや鬼畜令嬢。阿修羅は勘弁してほしいっす」
エルマの話で、場に珍妙な空気が流れたが、話は決まった。
俺は、覚悟を決めて魔槍トライアドを握りしめた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「小夜子さんドラゴンフルーツいかがですか♪」
小夜子「トゲトゲの派手な果実ね! でもどうやって剥いたらいいのかしら」
知里「意外に簡単だよ。種はないし身離れもいいから、四つに切って手で剥けるよ」
小夜子「すごーく赤いわね。何だか南国の強烈な甘さを感じるわ。昭和時代にはまずお目にかかれないふしぎな果実ねー」
エルマ「それ見かけほど甘くはありませんわ♪ ジャムやハチミツをかけて召し上がれ♪」
直行「何にでもハチミツをかけるエルマは問題だが、まあドラゴンフルーツが見かけほど甘くないってのは本当だ」
小夜子「じゃあいただきまーす! ホントだ! 思ったよりも淡白な味ね。酸味もないし不思議な食感だわー」
知里「次回の更新は6月11日を予定しています。『甘くない日々』お楽しみに」




