563話・友達を助けるために
※今回は直行の一人称でお送りします。
俺は、惨劇をただ眺めることしかできなかった。
ミウラサキが致命傷を負ったのは、遠目でも分かった。
胴体が両断されてしまったようだ。
ヒナも四肢に深刻なダメージを負っていた。
輝いていた二人が見るも無残な姿になってしまったのはかなりショックだ。
俺には彼らを助けるための術がないことにも、苛立ちを募らせる。
するとそこへ、槍を持った知里が飛び込んできて、槍をミウラサキの傍に置いた。
彼女には俺の思いも筒抜けだろうが、知里はこちらを見ることもなく、トシヒコと何かを話している。
「クソ猫がちょこまかと!」
隻眼の騎士が知里に斬りかかるものの、青く光る魔神の手に阻まれ、ハエ叩きのように湖に落とされた。
その合間に知里は致命傷を負ったミウラサキとヒナを抱えて花火大会会場の端まで運び、静かに寝かせた。
「ヒナさま! ヒナさまぁ!」
異変に気づいた側近のアイカが、涙声で叫びながら、貴賓席から駆け寄って来る。
すでに勇者自治区のエリアは空を飛んで港に戻っていた。アイカは取り残されたのか、自分の意志で残ったのかは定かではないが、この騒ぎで諸侯たちも異変に気づいたことだろう。
階段も多く、切り離された足場もあるために、ヒナの元にたどり着くには時間がかかりそうだが、アイカは一心不乱にヒナの元をめざしている。
この惨劇は俺が招いたといえないこともない。
〝鵺〟の〝蛇〟件も含めると、胸が締めつけられるほどに痛い。
ヒナとミウラサキは俺にとって恩人で、彼らがいなければ俺が成り上がることもなかった。
それなのに俺は、どうしてやることもできない……。
アイカのように駆けつけて行きたいが、現状それすらもできない。
俺には法王による〝強制〟の魔法がかけられ、法王に逆らえば死の呪いが発動する術式がかかっている。
助けに行こうとしたところで、爆発して死ぬだけだ。
──何もできない……のか。
次元の違いすぎる戦場、かけられた〝強制〟の魔法。俺はどうすることもできずに唇をかみしめている。
一方、小夜子は障壁内に法王を捕え、追撃を防いでいる。
彼女も四肢に大やけどを負っていて、痛々しい姿に変わっている。
これ以降どれくらいラーを抑え込んでいられるかも分からない。
勇者トシヒコは〝濡れ烏〟を抜き放ち、聖龍に斬りかかった。
いま、法王は手いっぱいだ。
この状態でも〝強制〟は発現するだろうか──。
法王の発言を思い出せ。
彼が言ったのは「法王庁に楯突くそぶりを見せたら、そなたは喉を切り裂かれる」という内容。
あいまいな内容で、強制の発動条件が分からない。
「法王庁に逆らう意思はない。でも……俺は、友達を助けたい」
口に出しながら、俺はエルマに目線を送った。
勇者パーティVS法王の戦況に気を取られていて見失っていたが、エルマは俺の近くで待機をしていたのだ。
奴は俺の視線に気づくと、ニヤリと笑った。
「……それでこそ直行さん♪ 一緒にミウラサキ一代侯爵を助けに行きましょう♪」
エルマが俺の耳元でささやいた。
「お、おう」
俺は小さく頷き、奥の席へと走っていった。
ミウラサキを助けるためには、もう2枚カードが必要だ。
天才回復少女ネンちゃん。
10歳の娘を世界最高峰の戦場に引っ張り出すのは気が引けるが、いくら何でも法王が少女に手をかけることはないと信じる。
「エルマ! 誰も絶対に死なせないぞ! 援護してくれレモリー!」
俺は二人に告げると、今度は法王に向かって声を張り上げて走った。
「法王さまには逆らいません! 友だちを助けるだけです! その友だちだって、法王さまに危害を加える意思はなかった。法王庁には逆らいません! 逆らいません! 逆らいません!」
そう言ったところで、法王の解釈ひとつで呪いが発動するかも知れないが、それでも言い続けた。
俺自身、いつ喉がかき消されて死ぬのか分からない状態だが……。
幸いというか、“強制”の発動はない。
ひょっとしたら小夜子が障壁を拡大し、動きを封じていることが影響しているのか──。
「俺は友達を助けるだけです! 助けるんだあ!」
観客たちは「恥知らずらしい、みっともない振る舞い」だと思うだろう。
何と言われ、思われようとも、俺はミウラサキを助ける。
八歳で亡くなった彼は、この世界に生まれ変わり、世界を救った英雄となった。
転生者であるため、元の世界には帰れない。
俺は、元の世界に帰ったら、彼の両親に〝いまボクは幸せだよ〟と伝える約束をした。
「おじさん! ネンは〝すたんばい〟OKです」
スフィスの制止を振り払って、ネンちゃんが飛び出してきた。
この娘は賢い。
「おおネンちゃん、おじさんの友達を助けるのに力を貸してくれ!」
「いい加減にしろ! 二度ならず三度まで。いいか、ネフェルフローレンは女王の娘だ。回復アイテムのように使うのは許さん」
矢を番えるスフィス。
「誰の娘だろうと、救える手を持っているなら協力してもらう」
「何を言うか! ならば貴様に怪我をしてもらうまでよ!」
しかしスフィスが俺に向けた放った矢は、軌道を逸れて闇夜に吸い込まれた。
背後から、風の精霊をまとったレモリーが射撃操作をしていたのだ。
「スフィス。あなたやネンさんが何者であろうと、直行さまの言うことは聞いてもらいます」
レモリーが法王に精霊魔法を放ったときは、怯えていうことを聞かなかったのだが、スフィスには通じたようだ。
「さあ! おじさん早く! じょうふのおばさん、えんごしてください!」
ネンちゃんはスフィスを振りほどくと、ミウラサキめがけて駆けだした。
俺とレモリーが両脇に入り、援護する。
「直行くんエルマちゃんレモリーさんファイト! ネンちゃんガンバ!」
法王を閉じ込めている小夜子が叫んだ。
いつもとは違う青い障壁が伸びて法王を包み、さらに身動きが取れないように能力を拡張させていた。
絶体絶命の危機を、小夜子の障壁が辛うじて支えているのだ。
「ロンレアの恥知らずと鬼畜令嬢。ミウラサキは世界を救った男だ。お前らに託す! 死なせるんじゃねえぞ!」
そして勇者トシヒコが聖龍を食い止めているいま、エルマの一世一代の肉体復元手術がはじまろうとしていた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「知里さんは1人フレンチ似合いそうですわね」
知里「まあね……。平日の都内で意識高そうなお姐さんがワインとか飲んでると“何やってる人なのかな”とは思うよね」
直行「え? それって知里さんじゃねえの」
知里「いや、さすがに1人フレンチはハードル高いかな。とはいえ一緒に行く親友は死んじゃったし、兄とは疎遠だし……。せいぜいランチだよね」
エルマ「やっぱり“1人フレンチ”してるじゃないですかー♪」
直行「次回の更新は5月29日を予定しています。『ひねくれ知里のボッチ飯』お楽しみに」
エルマ「どこかで聞いたことのあるタイトルですわ♪」




