560話・無敵の理由2
「難しいことは分からないけど、たぶんわたしは死んでるんでしょう」
小夜子がそれを口に出したのははじめてのことだった。
勇者パーティの壁役。女戦士・八十島 小夜子。
ヒナから召喚されたとき、彼女は17歳の姿と記憶でこの世界に現れた。
全く心当たりのないヒナに当然、母親呼ばわりされて大いに戸惑ったものの、共に冒険を続ける中で薄々と感じた〝小夜子の未来と死〟。
彼女がなぜ、この世界にとどまるのかには理由があった。
小夜子には皆に打ち明けられない秘密があった。
召喚される際、彼女は反社会勢力に監禁されていたのだ。
彼女が過ごした80年代当時、「裏本」「ビニ本」と呼ばれる非合法な出版物が密かに流通していた。
小夜子は当事者ではなかったが、友人が騙されてわいせつな画像を撮影された。
持ち前の正義感から、小夜子は屈強なラグビー部員たちを引き連れ、撮影者たちに抗議とネガフィルムの回収を持ちかけたが、反社会勢力に返り討ちに遭い、彼女は事務所に監禁された。
小夜子は絶望した。
このままでは間違いなく暴行された挙句、あられもない姿を撮影されるだろう。
舌を噛み切って死ぬことも考えていた彼女だが、謎の光に包まれて、この世界にやって来た。
目の前には小夜子のことを「ママ」と呼ぶ少女の姿があった。
泣きじゃくりながら、自身にすがりつくヒナ。
その様子はまるで死んだ人間に再会したときのようだと、小夜子は直感した。
自身が拉致監禁された状態から、この少女=ヒナが、どんな経緯で生まれたのか、小夜子は知るのが怖かった。
少なくとも、子供を産んで育てた以上、拉致監禁からは脱したのだと思われるが、ヒナが大きくなる前に何らかの病気で死んでいるようだ。
仮に、元の世界に帰るとしても、絶望的な状況から再スタートしなければならないことを考えると、生きた心地がしなかった。
小夜子は自身にまつわる未来について、ずっと戸惑いながら、知らないふりを続けながらヒナとの関係を続けてきた。
トシヒコに能力を引き出してもらった際、授かった理不尽なまでの絶対防御能力の秘密はここに起因する。
結果、勇者パーティで魔王をも倒した英雄になってしまったのは、皮肉としか言いようがない。
「死んでるから、死なない! わたし以外、誰も死なせない!」
〝無敵の障壁〟でラーを閉じ込めた小夜子は、力強く宣言した。
「……いや、貴女は死者ではないと思う」
しかしラーは小夜子の言葉を否定した。
「え?」
「先ほどからありとあらゆる除霊や死者退散をかけたが、効果はなかった」
理由はそれだけではない。
障壁の影響も考えられるが、現に小夜子の息遣いや心拍数、どれも死者の音ではなかった。
(おそらくこの女戦士の障壁にまつわる謎も、この世界の秘密に関わる問題なのだろう……)
ラーは横目で〝夜空に空いた穴〟を見る。
──戦場の外は奇妙な沈黙に包まれていた。
勇者トシヒコは聖龍の攻撃を一手に引き受け、仲間たちを守っている。
ほとんど効果が得られない回復魔法を唱え、懸命に治療を続けようとするヒナ。
絶命寸前のミウラサキは、激しい出血で意識を失っていた。
そこに、見知った薄紫の影があらわれた。
「知里──?」
ラーと小夜子が同時に驚いた。
突然あらわれたのは知里だった。
続いて仇敵ソロモンとグンダリと、彼らを守護する巨人パタゴン・ノヴァをも引き連れて戦場に現れた。
彼女の右腕には、かつてミウラサキが愛用していた魔槍トライアドが握られている。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「天気予報では雨だったのに、晴れたわね……」
直行「まあ雨予報は厳しめにいくのが日本の天気予報だからな」
小夜子「どういうこと?」
エルマ「単純に抗議の数でしょう♪ “雨の予報が外れて晴れた”場合と“晴れの予報が雨だった”のを比べてみたら♪」
小夜子「なーるほど。洗濯物を干すときも、晴れの予報が外れて雨降りになるより、あらかじめ“雨が降るかも”と言われたら外干ししないもんね」
直行「次回の更新は5月19日を予定しています。『俺の人生は大抵曇り空だけどな』お楽しみに」




