558話・速度の王の受難
──再び時が動き出した。
トシヒコの斬撃は、見当違いの方向を切り裂いていった。
「ミウラサキお前……!」
「トシ君、法王の人も、ケンカしちゃダメだよ」
勇者パーティの中で、ひときわ子供っぽい口調ミウラサキ。
彼は時間操作の特殊能力を持つ。
彼の最上級の能力、〝時間停止〟が魔槍トライアドの助けを借りずに発現したことに、勇者トシヒコは驚いていた。
(ミウラサキが武器の補助なしで〝時間停止〟をやったの……初めてじゃないか……)
〝時間停止〟とはいうものの、厳密には極限まで周辺の時間の流れを遅くして、静止しているのとほぼ変わらない時空を作り出すというものだ。
時間にして数秒だが、ミウラサキの視界内にある物体の運動は静止し、彼だけがその空間を自由に動くことができる。
とはいえミウラサキの集中力が極限まで研ぎ澄まされていないとできない究極技であり、自身を取り巻く時間の感覚が不確かなために、再現性も難しい。
(いま奴は時間を止めたな……)
法王ラー・スノールもすぐに気づいた。
先ほどからラーは再三に渡り、時間操作能力『ノロマでせっかち』の解除を試みていたが、解呪でも消失魔法も効かない能力に手を焼いていた。
強化魔法魔法『加速』を使って相殺しようともしたが、不可能だった。
そんなミウラサキの〝時間操作〟に加えて〝時間停止〟能力は、さらに厄介だった。
(先に仕留めておくのは、奴の方だったか……)
ラーの戦術は一対一の戦闘に持ち込んで、一人ずつ確実に仕留めていくことだ。
絡め手の多いトシヒコと知略勝負を挑むのは得策ではない。
ましてやこちらは単騎、勇者たちは複数──。
勇者を徹底的に打ち負かすために、有効な駒からひとつずつ退場させていくのが最適解だと法王は考えている。
(戦闘の意志を持たない商会の御曹司を始末するのは本意ではないが……彼を捨て置いて勝利は難しい)
だからこそ、不意を突いてでも最初に戦闘不能にしなければならない相手だった。
ラーとて無益に命を奪うつもりはない。
しかし、彼は兄の意志と信徒たちの思いを背負っていた。
彼は深く息を吸い込み、両手を軽く握りしめた。
「ミウラサキ! 俺に協力しろ! 法王の鼻をへし折ってやる」
「ヤダよ! そんなことしたら勇者自治区と法王庁が戦争になっちゃう」
「……」
トシヒコとミウラサキが言い争っている隙をついて、ラーは自身の周辺に魔力の糸を張った。
気づかれないように、詠唱動作を最小限にして、極限まで細くした〝切断する光弾〟を張り巡らせる。
これは先ほど賢者ヒナが使用した魔力の網を〝切断する糸〟で作った迎撃型の結界だ。
防御と見せかけた罠を、気づかれないように仕掛けた。
それに加え、さらに陽動のためにラーは一人時間差攻撃を繰り出した。
見えない刃を超高速で飛ばす。
「時間を操るボクに時間差攻撃なんて効くと思う?」
ミウラサキは時間を遅らせて回避。
彼の集中力は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。
「ねえ法王の人、どうすれば戦いをやめてくれる?」
時間の流れを限りなく遅らせ、ほぼ時間が静止した。
(行ける! いま、ボクは時間を思い通りにコントロールできる! このまま!)
ミウラサキに法王を止める具体的な策はなかったが、時を止めて無力化させれば、そのうち諦めるだろうという考えがあった。
まるで子供が行うケンカのような発想だが、彼には他に方法を思いつかなかった。
魔物との実戦経験は豊富なミウラサキではあるが、人と争うのはこれが初めての経験であったのだ。
(トシ君がデコピンなら、ボクは法王の人に〝膝カックン〟だ!)
そんな子供のような心の内を、ラーは静かに探っていた。
法王が仕掛けた罠が発動する。
「…………!!」
止まった時間の中を、不用意に移動していたミウラサキは絶句した。
ラーの膝の部分に衝撃を加えて体勢を崩す行為しようとしたところ、ミウラサキは自身の膝上に強烈な違和感を感じた。
張り巡らせた“見えない刃”による両足の切断だ。
再び時は動き出し、両大腿部から噴水のような鮮血が上がった。
空中に投げ出されたミウラサキ。
寸断された両足は、暗い湖に落ちていく。
「ミウラサキ!」
「カッちゃん!」
「カレム君!」
助けに入るトシヒコら勇者パーティ。
〝重力操作〟により、ミウラサキの姿勢を制御し、落ちた両足を浮かび上がらせる。
ヒナも致命傷を負っていたが、激痛の中回復魔法を唱える。
しかし、ヒナの両腕は壊死しているために、回復魔法が使えない。
代わりに言葉による魔法詠唱で代用するが、魔法の始動が遅れてしまう。
致命傷を負った2人に対し、トシヒコは〝重力操作〟で湖への落下を防いだ。とはいえ今のヒナとミウラサキには空中を動ける力はなく、ただ宙に浮いている状態だった。
「とどめだ勇者パーティ」
そこを狙いすませたかのように、ラーの隕石召喚と電磁砲による超加速隕石弾が炸裂する。
「させるもんかあーー!」
隕石弾に対し、小夜子が雄叫びと共に特攻していって、隕石を受け止めた。
〝恥じらい障壁〟が作動しないため、肉が焼け、大やけどを負いながらの懸命の防御。
法王ラー・スノールによって、一瞬で勇者パーティは壊滅寸前にまで追い込まれた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
直行「エルマお前、次の来世とか考えたことあるか?」
エルマ「よくぞ聞いて下さいました♪ あたくし来世は人気アイドルの隠し子がいいですわ♪」
知里「ん? どこかで聞いたような話だけど」
エルマ「気のせいですわ♪ 男児でも女児でも、ルックスに恵まれて芸能界のコネもあり♪ 偏差値40の芸能高校に入って無双しますのよ♪」
小夜子「じゃあヒナちゃんの娘とかに転生すればいいじゃない?」
知里「父親が誰になるか知らないけど、物騒な目に遭わないといいけどね」
直行「次回の更新は5月11日を予定しています。『来来来世は推し☆の子で』」




