54話 幕間 勇者自治区のカルチャーショック
いぶきに案内されたのは、複合商業施設が立ち並ぶ場所。
カラフルでポップな建物が軒を連ねている。
まるでショッピングモールのようなところだった。
ハンバーガーやポップコーンなど、現代社会ではおなじみの食べ物を売る屋台もある。
ケチャップやキャラメルの甘い香りが漂ってきている。
「レモリーは、自治区には来たことが?」
「いいえ……いいえ。ありません。ですが、ここは……凄いです」
旧王都とはあまりにも違う光景に、俺とレモリーは圧倒されていた。
案内するいぶきは「どうです!」と、言わんばかりの表情だ。
それに対して小夜子は少しだけ顔を曇らせながら、周囲を眺めていた。
彼女はビキニ鎧なので逆に注目もされてしまうのだが。
勇者自治区では、色とりどりの服装をした男女が、楽しそうに買い物や散策を楽しんでいる。
中には中世風ファンタジー世界とは思えないような、現代風の装いの人もいる。
彼らは全て、俺たちのような異世界転移者なのか元からの住民なのかは分からない。
「ねえ、いぶき君。この街はどれくらいの人が住んでいるのかしら?」
小夜子が不意に尋ねた。
その質問は、ちょうど俺も知りたかったことでもある。
「そうですねー、1万人といったところでしょうか。その内、約2000人が魔王討伐戦で功績を上げた人たちです」
「その中で異世界転移者って何人くらい?」
俺も前々から知りたかったことを、いぶきにぶつけてみた。
ひょっとしたら警戒されるかと思ったけれども、彼は快く答えてくれた。
「被召喚者に関しては、200人はいないと思います。転生者に関しては証明できるわけでもないので、分かりません」
200人を、多いと考えるか少ないと考えるかは微妙だな。
「でも、転生者を証明できないって言うのは……」
「転生者の中には前世の記憶を思い出せない人もいますから」
「そういう例もあるのか」
「僕らのいた現代社会の知識を売って転生者に仕立て上げるブローカーもいるらしいです。まあバレますけど」
確かに、それはそうだ。
高校野球のネタとか、大河ドラマの主演俳優とか、正確に答えられたらそれはそれで怪しいものだし。
お菓子にしても料理にしても、土木建築にしたって知識体系はまるで違うわけだからな。
そうするとエルマを始め、俺が今まで会ってきた異世界転移者は間違いなく本物だろう。
「わが勇者自治区には身分制度なんてありませんから、奴隷だった人とかが転生者を装って駆け込んでくるケースもウェルカムです」
「奴隷……か」
旧王都では、さすがに鎖で繋がれたような人は見かけなかったけど……。
小夜子とレモリーが少し険しい顔をした。
そのあたりの事情を知っているのかもしれない。
「でも基本的に、勇者自治区は自由です。やる気と能力のある人には、どこまでもチャンスが与えられるところですから!」
いぶきの声は弾んでいる。
本当に勇者自治区に心酔しているようだ。
◇ ◆ ◇
「皆さんにご用意させていただいたのは、こちらのホテルです」
いぶきが足を止め、誇示するように大きく腕を広げた。
そこはヴィクトリアン朝様式っぽい感じの大きな洋館だった。
青い屋根とクリーム色の外壁がメルヘンチックだけど、重厚感はない。
でも小奇麗で清潔そうな感じは、悪くない。
「何だか遊園地みたいで、落ち着かなさそう」
「いいえ。異界のことは存じませんが、美しい景観だと思います」
小夜子はピンと来ていない様子だけど、レモリーは少女のようにうっとりしていた。
「ああ、そうだ。いぶき君、チェックインする前に服が欲しい。けっこうボロボロだし服装規定に引っかかりそうだから」
「はい。そうですね、直行さま。ほつれた服も繕わないとなりませんね。いぶきさま、差し出がましいお願いですが、裁縫道具があると助かります」
俺は礼服で、レモリーもドレス姿だけど飛竜と魔神との戦闘で破れてしまったり穴が開いたり、血がついていたりする。
……ビキニ鎧の小夜子に至っては問題外なんだけれども。
「わたしも、たまにはちゃんとした服が着たいわ。ここなら治安も良さそうだし、障壁を出さなくても大丈夫かなあ……」
考えてみたら、俺たちの格好は相当に目立っていた。
しかも俺が着ている礼服は、エルマの父親に借りたものだ。
不可抗力とはいえボロボロにしてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
修繕したところで返すわけにもいかないし、買い取らせてもらおう。
だが、そんな心配は俺たちの杞憂に終わった。
「ああ、お召し物でしたら『複製』スキル持ちの仕立て屋を呼びますので、直すなり新調するなりなさってください。お部屋まで来させますので」
「やったー!」
小夜子はとても嬉しそうだ。
「『複製』スキル持ち?」
俺とレモリーは思わず顔を見合わせてしまった。
言うまでもなく、思い出すのはエルマお嬢さまの生意気な顔だ。
「『複製』スキル持ちは、自治区にも数名しかいませんからね。ロンレア家のお嬢様は、大変な素質の持ち主ですよ」
加えてエルマは転生者で、召喚術の使い手でもある。
このことはあまり口外しない方が良いだろう。
「じゃあ、18時にロビーに集まっておいてください。時間厳守でお願いします」
いぶきはそう言うと、ホテルでチェックインの手続きを済ませた。
そして俺たちにそれぞれ、カード型のルームキーを渡してくれた。
表面には「異世界転移者用スイートルーム」と書かれている。
「はい。これが鍵なのですか? 小さくて薄い、板のような紙のような」
レモリーはこの世界の住人だけれども、本格的な異文化体験に目を輝かせていた。




