554話・最後の対話
「聞いてください法王さま!」
戦線に復帰したヒナ・メルトエヴァレンスは、法王ラーの攻撃を回避しながら急接近して問うた。
──どうすればこの不毛な戦いを終わらせることができるだろうか。
彼女はどうしても、法王と戦う意味を見い出せない。
「法王さま! やっぱりヒナには理解できません! 聡明なあなたが、どうしてこんな暴力を振るうんです? たとえ〝蛇の一件〟で、こちらに非があるとしても、あなたがやろうとしていることは単なる敵討ちと御自身の才能の証明で、社会的には何の利益をもたらしません」
女賢者ヒナはラーに向かって、必死で訴えていた。
もちろん、パーティリーダーのトシヒコが〝戦う〟と指示している以上は、全力で戦う心構えだ。
しかし、身体は動いても彼女が心から納得することはなかった。
「……言っても無駄だろうけど、ヒナちゃん。小僧は聞く耳持たねえよ」
そう言ったところで、ヒナの気持ちを納めることも、法王を止めることはできない。
トシヒコはよく分かっていたが、口に出さずにはいられなかった。
いま、ラーを突き動かすのは、利害だけではなく、兄王の意思や、排他的な信徒たちの思いも背負っていた。
そして個人的な事情──。
ラー自身の少年のような挑戦心も含まれていた。
それはヒナも理解していたが、彼女は対話をあきらめたくなかった。
「答えて法王さま!だってあなたは、ヒナの義父グレン座長に協力を申し出てくれた! あなたの決断がなければ、ヒナたちは魔王領で朽ちていた! あなたは絶対に〝話せばわかる人〟でしょう!」
──話せばわかる、と言いながら、実際にはこれまで、法王庁と勇者自治区の外交的な接点はない。
しかし、魔王討伐軍の副将だったヒナは知っていた。
ラーが法王に就任した直後の魔王討伐軍時代の終盤には、諸国連合から届けられた水・食料などの物資や、傷薬やマナポーション等の回復アイテムは、急速に供給量を増していったのだ。
魔王討伐軍・戦術指南役兼、兵站の最高責任者で、ヒナが勝手に養子を名乗っている故グレン・メルトエヴァレンスが必要とした物資を、完璧に供給してみせたのが法王ラーの手腕だった。
当時はいまよりも異界人に対する風当たりが強い中で、諸侯たちから資金を集め、錬金術師を動かして回復アイテムを増産させた手腕は、ほとんど知られていない。
また、〝執政官〟ヒナ・メルトエヴァレンスとして、クロノ王国や諸侯たちとの外交関係を通じて、第67代法王ラー・スノールの聡明さと影響力の大きさを肌で感じていた。
──法王さまは、魔王討伐の陰の功労者だって、ヒナは知ってる!
だからこそ、話したかった。
「わが勇者自治区には未来永劫、侵略の意図はありません! ヒナたちは秩序ある繁栄を望んでいるだけです」
ヒナは両腕を広げ、宙に浮かべたタクトもすべて武装解除し、懇願した。
法王の眉がピクリと動く。
「賢者の名を冠するには、考えが足りないのではないか? 〝話せば分かる〟というのは、向こう見ずな楽観論に過ぎない……」
ラーは落胆した様子で、ため息をついた。
「……兄王は言った。〝この世界は私たちのものだ〟。その真偽、歴史の判断は後世に委ねるが、道理では世界は動かない。異界人たちの価値観は、私たちを納得させるものではない」
独り言のように呟きながら、法王は〝四界龍王の王笏〟を水平に構えた。
「……私たちは、私たちの足で歴史に足あとを刻む。歴史を紡ぐのは、異世界人ではない。それを証明するために私はあなたたちに挑むのだ!」
ヒナに照準を合わせ、隕石を超加速で打ち出す魔力の〝電磁砲〟を発動する。
「おいクソガキ! 黙って聞いてりゃぺらぺらぺらぺら勝手なこと抜かしやがって!」
トシヒコが慌ててヒナを庇い、重力操作で隕石を逆方向へと弾き飛ばす。
それと同時に法王の後頭部を蹴り、次いで至近距離から重力波による連撃。
「……ガキ! いいか、俺様たちなんかよりも、クロノ王国の方がよっ……っぽど問題があるだろ。俺たちの技術者を引き抜いて人体改造に情報統制、やりたい放題はクロノ王国だ! 怒る相手が違うじゃねえか!」
トシヒコは罵り続けた。
耳に頼る法王の集中力をかき乱すように、言い聞かせながらの集中攻撃。
しかし、初撃だけを受けた法王は、トシヒコの攻撃を瞬間移動で回避していた。
「……不毛な問答は止めましょう。あなた方の存在は脅威なのです」
法王が移動した先は、武装解除したヒナの目の前。
トシヒコに弾き飛ばされていたはずの隕石を再度召喚し、至近距離からヒナに直撃させた。
「やべえ!」
無防備だったヒナに、トシヒコの〝重力操作〟が一手遅れた。
隕石は上空に弾き飛ばされ、文字通り空を突き破った。
「キャアアアアア」
「ヒナちゃん!」
小夜子とトシヒコが同時に駆けつけたが、すでに隕石の直撃を受けたヒナは火だるまになって弾き飛ばされていた。
一方、トシヒコが弾き飛ばした隕石は夜空にぽっかりと風穴を開けた。
破損した空の一部からは青空が見えていた。
しかし、勇者も法王も、ましてや致命傷を負った女賢者も、誰も気に留める余裕はなかった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「どうしよう! 作者の漫画の〆切と更新が重なってしまったわ。カレム! 時間を送らせて頂戴」
ミウラサキ「現実世界の時間には干渉できないよ」
エルマ「スケジュール管理が甘すぎますわ♪」
直行「とにかく、次回の更新は4月24日を予定しています。『修羅場は続く』お楽しみに」




