551話・針の上で天使は何人踊れるか3
ヒナによる『重力操作』で、会場の勇者自治区エリアは切り離され、空を飛んで対岸の港へ向かっていった。
それを見送るヒナとアイカ。
「さて。ヒナはトシやママたちと合流して法王さまにお仕置きしなきゃだけど、アイカは逃げ損ねてしまったわね」
「うす。そんならここでヒナ様を応援するっす!」
エビを頬張りながら、アイカはガッツポーズをとった。
◇ ◆ ◇
アイカこと、木乃葉愛夏。
彼女はヒナの手違いによって、この世界に召喚された。
魔王討伐後の平和な世界で、勇者自治区の国づくりを担う高級官僚としてヒナに呼び出されたのだが、それはアイカとは同姓同名の別人で、召喚されたアイカは官僚ではなく不良少女だった。
当初はヒナに食ってかかったアイカだが、ケンカに負けて全裸土下座をしてからは一転してヒナに心酔し、忠誠を誓う。
その後は持ち前の負けん気と根性と、ヒナに対する絶対服従の態度が買われて外交官を務めている。
とはいえ超人的な戦闘能力も魔法の才能もあまりなく、勇者トシヒコにとっては、どうでもいい存在だったため、『特殊能力』は与えられていない。
「ヒナ様と小夜子様ハンパねえっす。トシヒコさんもやべえっす。ミウラさんはポーズ決めてないで〝ちょっと頑張れ〟って感じっすけど……」
激しい戦闘を目の当たりにしたアイカは興奮気味だった。
彼女はミウラサキの時間操作能力は分からないため、ただカッコつけているようにしか見えない。
「ここは危険な戦場よ。危険だから逃げてほしいのだけど……」
そんなアイカをたしなめるようにヒナが言った。
「ウチだけ逃げるのは嫌っすよ」
「……直行くんが諸侯たちに退避命令を出してるけど、なかなかうまくいってないみたい。諸侯たちの中には、アイカとも顔なじみの者もいるでしょう。彼を助けてあげてくれる?」
「そんならウチも手伝ってくるっす」
アイカはカクテルシュリンプを左手に持ったまま、右手でラフな敬礼をすると、小走りに駆けていった。
◇ ◆ ◇
「さて。あまり気が進まないけど、戻らないとね」
ヒナがひとつため息をついて、軽快なステップを踏んだ。
飛翔魔法が発動され、彼女の体は舞い上がる。
勇者たちのいるエリアでは、戦闘が過熱していた。
仲間たちと法王、そして聖龍が激しく戦っている上空は、花火よりも激しい爆発や延焼、さらに電撃や氷の刃まで乱れ飛んでいる。
トシヒコとラーは空中を自在に飛び回り、互いに魔法を撃ち合う。
『重力操作』をヒナに付与したトシヒコは精霊を意のままに操り、ラーを迎え撃つ。
「まるで男の子がゲームしてるみたい。でも、これは遊びじゃないの。死傷者が出たら政治的にも宗教的にも分断が後押しされる、大変な局面なのよ……」
ヒナはあえて声に出した。
法王の〝地獄耳〟が、この声を聞いていると確信しているからだ。
「…………行ったら失うよ」
「……え?」
ヒナの耳元で声が聞こえた。
ラーではなく、寂しそうな女の声。
生涯でただの一度、13歳の誕生日に一度だけしか聞いたことがない声。
『精密記憶』を持つヒナは覚えていた。
「会いたい人もいるでしょう」
ヒナの全身から冷や汗が噴出した。
「行ったら失う。貴女は未来をつかめなくなり、最愛の母との別れを経験する……。そして仲直りしかけた友達とも別れなければならなくなる……」
ヒナの脳裏に浮かんだ、全身に縫い目があり傷だらけの女。
それは、転生者が13歳の誕生日にどこからともなく現れて、元の世界から人間を呼ぶための術具を配る謎の女ヒルコ。
その姿は記憶から消えかけていたが、傷をのぞけば知里によく似ていた。
「……どういうこと?」
ヒナは知里の姿を追った。
彼女はいま、〝七福人〟3人を相手に、激しい戦闘を繰り広げている。しかし、仮面の大男が知里の攻撃を身を挺してかばっていて、標的の剣士と魔導士に攻撃が届いていないようだ。
謎の女が、どこにいるのかは分からない。
ヒナは魔力探知で周辺を探ってみたものの、謎の女〝ヒルコ〟の存在は探知できなかった。
まるで白日夢のようなおぼろげな存在に、ヒナは戦慄した。
「……だけど、ヒナは戻らなきゃ」
脳裏に浮かんだ幻影を振り切るように、ヒナはトシヒコの元へと戻っていった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
直行「お、知里さん。白ワインか、珍しいな。シャルドネ?」
知里「ううん。最近ソーヴィニヨンブランにハマっててね。ニューワールドの若いやつ、お寿司にも合うんだ」
小夜子「知里と直行くんは本当にお寿司が好きねえ……」
知里「まあね」
直行「個人的には寿司には辛口のスパークリングワインが合うと思う」
知里「どうかな。泡モノはネタとの相性はいいんだけど、酢飯だとちょっとキツくない?」
小夜子「ウチのお父さんや町内会の人たちはお寿司とビールか日本酒で飲んでるけど……」
知里「もちろんビールも日本酒もいいんだけどさ、ワインならソーヴィニヨンブランの爽やかさとフレッシュな酸味がお寿司と絶妙なマリアージュなわけよ」
小夜子「なーにマリアージュって? 2人ともカタカナ語ばっかりでわっかりませーん」
知里「マリアージュってのはフランス語で結婚って意味。料理とワインの相性なんかを示す言葉でもあるわ」
小夜子「ちょっと待って! 直行くんと知里、結婚するの? ウッソー! ホントー? 信じられなーい!」
エルマ「直行さん♪ 愛人はともかく重婚はいけませんわ♪」
直行「……どうしてそうなる」
エルマ「次回の更新は4月12日を予定していますわ♪ 『マリアージュ♪ 二人目の妻・知里』お楽しみに♪」




