548話・或る家族の肖像
知里にパタゴン・ノヴァの籠手が直撃。
彼女は派手に吹っ飛ばされた。
「直撃した! 追撃準備! 行くぜソロモン!」
上空に打ち上げられた知里の体を、蛇腹剣の斬撃が襲う。
「〝クソ猫〟を打ち取る好機ならば!」
戦場から遠ざかりつつあったソロモンも踵を返し、追撃に向かった。
一方の知里は、薄れていく意識の中、兄の声を聞いたような気がした。
「お兄ちゃん……?」
心ならずも、彼女は昔を思い出してしまった。
──この世界に来る前、知里は複雑な家庭環境で育った。
彼女の母親は、父親と不倫関係にあり、シングルマザーで知里を養育していた。
それが一転したのは、知里が5歳のとき。
父親が先妻と離婚し、母親と再婚したのだった。
元々内向的で人見知りだった知里は、一緒に暮らすようになった父親には心を開くことができず、父親も、家でほとんど一言も発しない知里を避けるようになっていた。
知里は大きな家のリビングに一人ぼっちで取り残されることが多くなった。
「つまんない……つまんない」
5歳だった彼女は、広告の裏に絵を描いたりして時間をつぶしていたけれど、すぐに飽きてしまって天井や調度品を眺めたり、暇を持て余しているようだった。
「ふぅん。お前が新しくできた妹か。ゲームでもやるか?」
そんな彼女を遠巻きに眺めていた少年が、声をかけた。
父親の家には、高校生の異母兄がいた。
ふしぎな雰囲気の少年で、あまり学校には行かず、いつも家にこもってゲームばかりしているようだった。
「ゲーム?」
保育園の〝お友達〟から、〝ゲームは楽しいもの〟という認識を受け取っていた知里だが、母親はそれを忌み嫌っているようだった。
人の顔色を伺うところがあった知里は、母親の前では欲しがることはなかったものの、ゲームという存在は気になっていたので、思わず身を乗り出した。
「来るか?」
おそるおそる、兄の手招きに応じるまま、部屋に入った彼女は言葉を失った。
「………」
兄の部屋は、まるで家電量販店と図書室と玩具店を合体させたような、奇妙な空間だった。
たくさんの本棚を完璧に埋め尽くす蔵書、複数のPCモニタ、床を這うケーブル。異様な迫力のフィギュアたち。おまけに天井はプラネタリウムで、ほのかに香るラベンダーの匂い。
雑然としていながらも、奇麗な部屋だと知里は思った。
食べ残しのコンビニ弁当の容器が散らばる母親と暮らした部屋とは違う、不可思議な混沌空間。
蔵書のほとんどが漫画の単行本だったが、棚を埋め尽くすのは本だけではなく、古今東西のテレビゲームのパッケージや音楽CD、目を覆いたくなるような怪物や美少女のフィギュア。
「何なのココ、えええええ……」
それは幼女の知里にとっても、直感的に〝見てはいけないモノ〟を感じた。
と、同時に彼女の中に眠る、天性の好奇心と冒険心に火をつける、まるで奇譚の世界に迷い込んだように感じられた。
「俺は、実の母親と暮らす予定だから、近々この家を出る。ここにある本やゲームは好きに使……」
言いかけて兄は、言葉をつぐんだ。
「ダメだ。ここにあるものの中には、幼女には刺激の強いコンテンツもある。こんなモノを読んだらダメだな……」
好奇心で目を丸くしている知里を制するように、兄は本棚から児童向けの本を探す。
しかし、埒が明かない。そのような健全な図書は彼の書庫には数点をおいて他になかった。
「……そうだな。まずは児童漫画の金字塔〝デュラえもん〟だな。しかし劇場版の原作は面白いがまだ早い。まずは日常回を読め。フニャコFのSFを体験してから、劇場版の壮大なストーリーテリングを堪能しろ」
厳しい口調で兄は言い放つと、古びた漫画の単行本を差し出した。
「え……でも、ゲームやらせてくれるんじゃないの……?」
「ダメだ。ゲームの前に読書だ」
5歳の知里にとって、13歳も年の離れた異母兄との出会いが、その後の運命を大きく変えた。
兄にとっても、妹にとっても……。
2人はまるで師匠と弟子のように、来る日も来る日も読書やゲームに明け暮れた。
〝実の母親と暮らす〟と言っていた兄も、よほど知里が気に入ったのか、家を出ずに知里と共に過ごした。
そんな奇妙な兄妹の関係性に、両親は何も言わなかった。
知里がその事実を知ったのは、だいぶ後になってのことだったが、兄は高校生ながら〝怪しげなビジネス〟で相当の収入を得ていたようだ……。
走馬灯のように、兄と過ごした日々を思い出した。
彼女が兄と過ごした8年間は、人格形成に決定的な影響をもたらした。
たとえ異なる世界に迷い込んだとしても、それは変わらない。
「……ダメだな、知里。中学生でもあるまいし。よく覚えておけ。舞台に上がったら、戦うか逃げるかしかない。〝迷い〟なんて選択肢はありえない」
あれはいつ言われた言葉か、思い出せなかったが、まるで知里の無意識に介入してくるかのように、兄の言葉が脳裏にまとわりついた。
「ちょっと待って! お兄ちゃん、あたし今死にそうなんだけど……」
我に返った知里が、思わず叫んだ。
彼女はパタゴン・ノヴァの籠手の直撃を受けて、上空に飛ばされていた。
その射線から挟み撃ちをするように、ソロモンの呪詛が迫る。
左右からは、グンダリの蛇腹剣による薙ぎ払い。
知里は冷静に魔神の腕と魔槍、反射魔法で3つの同時攻撃を叩き潰していく。
意識が戻るのが一瞬でも遅れたら、彼女は粉々の肉片となって湖に落ちていただろう。
「……危なかった。ていうか、お兄ちゃん、あたしの精神に介入してきてるの……?」
3人の強敵よりも、知里の心をざわつかるのは突如あらわれた兄の存在だった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「皆さんは思い出のゲームとかありますか?」
小夜子「80年代の私はゼ〇ウスね! 弟がやってたのを見たんだけど、画面も効果音が独特で、なんかSFっぽい感じがしたのね!」
直行「90年代のゲーセンは戦場だった。ス〇Ⅱに餓〇伝説、ヴァー〇ャまで、遠征と称して隣町のゲーセンまで行ったりな」
知里「あたしはPS2全盛期だったけど、ミン〇ガは狂ったようにやった。8周した! 携帯ゲーム機も人気だったわね。ア〇ラスのP3PとかGBAのFE三部作とか、RPGにはまったなあ」
直行「……知里さんはガチだな」
エルマ「あたくしは世界で2番目に売れたというGTAⅤですわ♪ 通行人を殴り飛ばしたり、警察と銃撃戦になったり、ス〇リップクラブのお姉さまを付け回したり♪ やりたい放題のゲームですわ♪」
小夜子「それ話だけ聞いてると 〇けしの挑戦状みたい!」
知里「グラセフは理不尽ゲーじゃないけどね」
エルマ「次回の更新は3月31日を予定していますわ♪ 『エルマの挑戦状』お楽しみに♪」




