543話・スーパー復讐タイム
ソロモンから魔槍トライアドを奪い取った知里だが、自身はまるで戦う素振りを見せなかった。
「とはいえ、どれもコレも、あたしにはあんま似合わないんだよねぇ……」
彼女は影の中に隠した山高帽を取り出し、何度も被りなおしている。
その帽子はスチームパンク風のゴーグルと薔薇の花飾りがついたもので、彼女の親友の形見だった。
対峙する〝七福人〟3人は驚き、呆れていた。
いまにも戦闘が始まるかと思ったが、肩透かしを食らったのだ。
(──我らの連携を乱すための罠か?)
(クソ猫め。余裕をかましてやがるのか──?)
(指名手配の女冒険者、ソロモンとグンダリに因縁があるようだが……何なんだあの余裕は)
クロノ王国の暗部を一手に担う〝七福人〟3名は予想外の知里の行動を不審がった。
(クソ猫め。わざと隙を作ってこちらの攻撃を誘うつもりなのか? だが一向に〝動く未来〟が見えねえ)
喧嘩っ早いグンダリでさえ、仕掛けていけなかった。
(妨害術具により、我らの心は読まれていないはずだ……)
ソロモンは懐に隠した妨害術具のペンダントを握りしめた。
特殊能力『他心通』によって人の思考が読める知里だが、ソロモンたちは妨害術具を装備しており、思考を読ませないように対策を済ませてあった。
彼女もそれは承知しているはずだが、少しも動揺した様子はなかった。
「……イマイチ決まらない。やっぱ帽子は陽キャアイテムなのかな」
それどころか、懐から鏡を取り出し、斜めにかぶってみたり、帽子の角度を調整したり。
あまりにも悠長な知里の態度に呆れつつも、3人は間合いを整えた。
近距離には巨漢の騎士パタゴン・ノヴァ。
彼の両腕に装備された籠手は、岩をも砕く。
中距離には隻眼の騎士グンダリ。
伸縮自在な蛇腹剣は、中~近距離でもっとも威力を発揮する。
長距離が得意な闇魔導士ソロモンは、知里よりもさらに上空に間合いを取った。
戦局を見ながら、攻撃とサポート、味方の強化、敵の弱体化などを効率よく行うための陣取りだ。
ソロモンとグンダリの実力は、冒険者ギルド本部によってS級冒険者の知里と同クラスと判定されている。
S級冒険者とは「大国でも上位5人以内に入るほどの戦闘能力、歴史的な発見、前人未踏の偉業を成し遂げていること」が判定条件だった。
「そういやソロモンとグンダリも、冒険者として何の実績もなかったくせにS級だったんだっけ。でもS判定が取れたのは、国が冒険者ギルドに圧力をかけたんでしょ。ダサ」
知里はまったく戦闘の意思を見せずに、吐き捨てた。
「なに余裕をかましてやがる! 隙だらけだぞテメェ!」
グンダリは声を荒げた。しかし相手がどれほど隙を見せようと、決して戦いの手を抜かないのは、彼ら3人が確かな実力を持っているからだった。
ましてや3人の〝七福人〟も知里も、回復魔法が使えない。一度戦線が開かれたら、少しのミスが命取りになる凄惨な戦闘が予測された。
だからこそ、相手が隙を示しているときに、最適の間合いを取る。
「OK。アンタたちの縄張りで遊んであげる。遊びったって、これガチな復讐だから命は奪うけどね」
知里は彼らの陣取りを確認すると、小さく笑った。
そして肩口から両腕で、魔槍トライアドをクルクルと回し、見得を切った。
本来ならば、自分が不利になるような陣取りを許さない知里だが、今回は敵にベストな布陣をさせるよう、あえて隙を見せた。
「俺たちの得意な間合いに誘ったのか! なめになめやがってクソ猫が!」
未来視で知里の余裕っぷりをまざまざと見せられたグンダリが声を荒げた。
「さて、派手好きで〝最高にいい女〟だった相棒に捧げる。カッコいい戦いを見せないとね」
知里にしても、復讐のむなしさは理解しているつもりだ。
彼らを殺したところで、親友が戻るわけではない。
それでも、戦わないわけにはいかなかった。
「……くらえ〝鉄の驟雨〟!」
知里は不規則に飛んで来る鉄の雨のような斬撃を空中で軽くかわし、薔薇の髪飾りを優しくなでた。
「〝復讐なんてくだらないから止めようよ〟。貴女はきっとそう言うでしょうね……」
知里の動作を先読みしていたグンダリが、先回りをするタイミングで、中距離から蛇腹剣を振り下ろしていた。
「その薔薇は! 俺たちへの当てつけかーー!」
「……ふん」
知里は答えなかった。
おそらく〝親友〟が復讐など望んではいないであろうことは、長い付き合いの中で確信している。
しかし、気持ちを切り替えて生きていけるほど、知里は器用には生きられなかった。
「もしも殺されたのがあたしの方だったら、貴女はたぶんやるでしょう。〝復習なんて無意味〟。でも、やるよね」
「ぬおおお! 中近からの連撃を食らえ! 〝百手巨人拳闘乱撃〟」
仮面を被った異形の大男、パタゴン・ノヴァがグンダリの中距離からの攻撃に呼応して、近距離から強烈な両手での連撃を繰り出す。
「仮面の大男さん。アンタには関係ないから帰ったほうがいいよマジで」
軽口をたたきながら、知里は魔槍トライアドを無造作に上空へと放った。
あえてソロモンのいる方に向けて。
そして肩から生やしたもう一対の〝魔神の腕〟で、パタゴンの籠手による一撃と撃ち合う。
「なに! 小娘が物理で対抗してくるとは!」
華奢な体の知里から生えた闇の両腕で、さながら巨漢の拳闘士同士の戦いのような派手な打撃戦を展開する。
その間、知里は涼しい顔で、自身の両手で魔槍に魔力を込めている。
「クソ猫め! 蟲毒よ蝕め蝕め蝕めえ!! 〝呪蟲邪毒〟!」
その撃ち合いの最中に、死霊使いで闇魔導士のソロモンがおぞましい蟲の大群を放つ。ムカデ、ゴカイ、寄生虫などを模した呪いの攻撃だ。
「ぬるい……っていうかソロモンさあ、トライアド回収に行かなきゃダメじゃん。せっかく罠を仕掛けてやったんだから」
知里は面倒くさそうに魔槍トライアドを魔力で引き寄せ、振るう。
本来であれば槍を取りに来たソロモンに十字砲火を浴びせるための罠だったのだが、気づかれたのか、あるいはソロモンは気づかないで蟲毒の攻撃をしてきたか、知里の知るところではない。
「……まあいいや。どっちにしたって、アンタたちはここで詰んだ。あたしのスーパー復讐タイムの餌食になって、みっともなく苦しんだ挙句に、後悔と共にお逝きなさい」
彼女のか細い腕で、いいかげんに振り下ろされたにもかかわらず、槍は信じられないような速度で聖なる光弾を放った。
一瞬のうちに、無数の呪いをはらんだ蟲たちは浄化された。
「いまのは……神聖魔法だぞ」
「……クソ猫って、こんな強かったっけ……?」
ソロモン、グンダリは絶句した。
「グンダリ、ソロモン。撤退しろ! この小娘は止めてみせる。たとえ俺が肉の壁になろうともな」
そうした中で、巨漢パタゴン・ノヴァが、両腕を広げて吠えた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「ポポーポポポポ♪ ポポーポポポポ♪ ポポポポポーポポーポポー♪」
小夜子「エルマちゃん、変な鳥の鳴き声ね」
知里「お小夜、鳥じゃないよ。呼び込み君だよ」
直行「スーパーの販促アナウンス用のBGMだ。たぶん小夜子さんの時代にはなかったけど」
エルマ「病みつきになる人続出で、オモチャまで出ていますわ♪ ポポーポポポポ♪ ポポーポポポポ♪ ポポポポポーポポーポポー♪」
直行「このパターン、前回の鳥と同じパターンだな」
エルマ「いらっしゃいませ♪ いつも恥知らずと鬼畜令嬢を読んで下さり、ありがとうございますわ♪ 次回の更新は3月12日を予定していますわ♪ 読むのは無料♪ 今後ともごひいきにお願いしますわね♪」
知里「オモチャじゃない呼び込み君の定価は2万円くらいするんだけどね……」




