538話・踊る聖龍
※今回は直行の一人称でお送りします。
聖龍があらわれた。
俺が今いる場所は、勇者自治区、法王庁、クロノ王国の貴賓席からやや離れた位置で、小夜子のバリアの範囲内。
俺はエルマを探すこともできず、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。
法王VS勇者パーティの目まぐるしく変わる戦線。異次元の戦い過ぎて、何がどうなっているのかさえ俺には把握できない。
そんな俺でも、いま起きている〝あり得ない光景〟は即座に理解できた。
夜空に巨大なリュウグウノツカイが現れたのだ。
花火に照らされて五色に輝くその姿は、まさに神の名にふさわしい威容だ。
「……聖龍」
いつの間に現れたのか、それさえも俺には分からないが、かつて法王庁で実物を間近で見たことがある。決して幻などではない。存在感と威容が、際立っていた。
さすがの勇者たちも、攻撃の手を止めて聖龍に目を奪われている。
その隙に法王も体勢を立て直し、両者は膠着状態になったようだ。
「聖龍さまだ……!」
「どうしてここに? 異界の花火に興味をひかれたのか……?」
勇者パーティVS法王の戦については何も知らない諸侯たちの間からも、突然あらわれた聖龍にはどよめきが起こった。
彼らの視線が一斉に聖龍に集まる。
同じように勇者自治区や法王庁の関係者たちも驚いた表情で上空を注視していた。
聖龍は長さが数百メートルはあろうかという巨体で、いつもは悠然と空を泳いでいる。
しかし今回はいつもと様子が違った。
まるで法王の意志に呼応するかのように飛び、まるで勇者トシヒコ一行を意識しているようにも見える。
勇者たちもそれを感じ取り、最大限の警戒を置いた。
「――!」
聖龍は首をわずかにもたげたかと思うと、勇者一行に襲い掛かった。
勇者たちは聖龍の攻撃を空中で避けながらも、反撃はできず、対応に困っているような感じだった。
それはそうだろう。突然、この世界で信仰の対象となる聖龍様が襲ってきたのだから。
政治的な対立どころではない。世界を巡る根源的な対立になる。
「直行さま……。諸侯たちの声を拾います」
傷の癒えたレモリーが驚きつつも、冷静に情報収集にあたった。
彼女は風の精霊を呼ぶと、諸侯たちの声を集めてきていた。法王の妨害が入らなかったのは幸いだった。
◇ ◆ ◇
「何だ。貴賓席の方で激しい火花が散っていたような気がするが、花火の暴発ではないのか……?」
「先ほどの閃光や爆発といい、いったい何が起こっているんだ……」
信心深い者も、そうでない者もいるが、異常事態に感づき始めている。
俺は精霊石の通信機を使ってギッドを呼び出した。
「ギッド。諸侯たちの避難を急がせてくれ」
「やっていますが無理です。人手が足りません。それに戦闘の最中に船を出すのは危険すぎます。ましてや今は夜で、空には聖龍さまも飛んでいます」
会場にどよめきが広がっている。
勇者パーティVS法王の戦闘に気づいているかどうかは分からない。
「ワタシが〝アルビオン〟で出ルよ。それで、大きな船を曳く。どうかナ?」
不意に魚面が提案した。彼女は腹を破られた傷が癒えたばかりで、かなり顔色が悪い。
「避難民を乗せた船をグリフォンで曳航するっていうのか……魚面、それはさすがに無茶だろう」
仮に大型の船を使ったとしても、一度に乗せられる人数はせいぜい200人。この場に残された約2000人を対岸まで移動させるには10往復しなければならない。
非戦闘員を最優先させるとしても、非難させる順序で揉めそうだし、諸侯たちが〝ロンレアの恥知らず〟の指示に従うとも思えない。
一足先に飛空艇で撤収したクロノ王国は賢明だったというか……。
「〝鵺〟が使えれば、2体の召喚獣で大きな船もけん引できるんだけどな。エルマの奴がどこにもいないんじゃ……」
先ほどから、まったくエルマの姿が見えないのが気がかりだが、彼女ばかりに気を取られていられる場合ではない。
法王庁の席では、枢機卿以下のお歴々が起立し、聖龍に祈りを捧げはじめた。
聖騎士たちに避難誘導を頼みたいが、俺から言っても彼らは聞かないだろう。
「ジュントスどの! 法王庁の皆さんの退避をお願いします!」
俺の言葉に対して、ジュントスは曇った顔で首を横に振った。
「……それが、聖龍さまが現れた以上、多くの者がこの場にとどまると申しておりまして……」
この状況を、法王がどう思っているのか知りたいところだが、唯一それを知り得る知里は異形の〝七福人〟3人と交戦中で、それどころではない。
「ギッド! この場にいる非戦闘員たちを中心に、避難したい人たちを集めてくれ」
少々、乱暴な避難誘導ではあるが、一刻を争う状況だ。
「魚面はグリフォンで、できるだけ大きめな船を曳いてくれ。魚面は復活直後だ。自分の命を最優先で、くれぐれも無理をしないで人助けな!」
俺は通話機でギッドに指示を出し、魚面には直接サポートを頼んだ。
事態がどう転ぶか、全く予測できない中、できる手を打っていく。
俺自身がこの場から生きて戻れるか分からないのに人命救助なんて……。
たが、万が一俺が死んでしまっても、残された者たち、エルマやレモリー、魚面、ギッドやロンレアの皆が気がかりだ。
いったい何が最善なのかは分からないけれど、あがいてみるしかない。
そのときだ。
不意に視界の先に、小さな人影がいるのが見て取れた。
それは、間違いなくエルマの姿だった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「このお話がアップロードされたのは2月13日♪ バレンタインデー前日でしたわ♪」
直行「去年は五円チョコありがとな」
エルマ「何を言ってるんですか直行さん♪ 翌日に豪華なのあげたじゃないですか♪」
直行「半額シールついてたけどな」
エルマ「ロンレア家はフードロス削減に取り組んでいますわ♪」
知里「お嬢はチョコやコーヒーの話題になると、過酷な児童労働の問題とか嬉しそうに語るけど、茶化していい問題じゃないんだからね」
直行「値上げだなんだで騒いでるけど、カカオ豆の収穫者の報酬とチョコが100円台って釣り合ってるのか? 先進国や巨大資本は罪深いよな」
エルマ「次回の更新は2月18日を予定しています『あの日摘んだカカオの味を僕たちはまだ知らない』お楽しみに♪」




