534話・勇者トシヒコの戦闘解説
「見ろよミウラサキ。ヒナちゃんが小僧を魔力の網で絡めとろうとしているぜ。生け捕りにするつもりだ」
勇者トシヒコは、空中に現れた電撃の網を指差しながら言った。
ヒナが操る24本のタクトから放出された電撃属性の呪縛魔法が交差して網をつくり、法王を追っていく。
これに対してラーが取った行動は、ストレートに魔力をぶつけての相殺だ。
魔力と魔力がぶつかり合い、火花が散った。
単純な魔力はラーの方が強いものの、ヒナのタクトは数が多く、網のひとつを相殺したところで、次から次へと呪縛魔法の網が再生される。
「ヒナちゃーん! 生意気な小僧なんてとっ捕まえて全裸にひん剥いてやんなー。先に手を出してきたのは向こうなんだから、気にすんなー」
賢者対法王の魔法戦をじっと見ていた勇者トシヒコが、調子よく囃し立てた。
「〝蛇〟も剥いてたし、ヒナには捕えた人を全裸にする趣味があるのよね……。お小夜のほうは裸になるのが実は好きだし、どうなってるのよあの母娘」
その様子を遠方から見ていた知里が、呆れて呟いた。
防戦一方のヒナ、それを見守る勇者パーティにとって、これはゴールの見えない不毛な戦いだ。
直行やヒナを殺す覚悟で挑んだラー・スノールとは違い、勇者たちには法王を倒す動機がない。
仮に大怪我をさせたとしても、勇者自治区と法王庁の外交関係は破綻する。
ヒナの呪縛魔法は、そうした難しい戦いを可能な限り穏便に済ませようという意志の表れだった。
法王を生け捕りにして、法王庁との外交カードに使う。
(「先に手を出してきたのは法王だから、返してほしければ穏便に」と交渉すれば、たぶん落としどころは探れる……)
交渉がうまくいくかどうかは別として、この戦いを収める選択肢としては有効だとトシヒコも納得した。
「でもトシヒコ君、どうして補助魔法でヒナっちをサポートしないの?」
商人ミウラサキが不安そうに尋ねた。
「こっちも手助けしたいのはやまやまだが難しいんだ。あの2人、派手にドンパチやってるように見えるけどよ、流れ弾が会場に飛ばないように注意してる」
勇者トシヒコはヒナたちが戦うエリアを指さし、そこからパーティー会場まで動線を引く。
「2人とも会場が射線に入ったときは、撃たない。小僧はどさくさに紛れて直行をブチ殺そうとしているけど、貴賓席はもちろん、一段下の諸侯の席にも流れ弾が行かないように注意してる」
「そっか。ヒナちゃんも、だから解呪で打ち消したり、魔封に呪縛魔法なんかをメインにして戦っているのか!」
「そう。あの怖いちーちゃんも得意の魔法反射じゃなくて、魔法吸収をやってるだろ」
「法王の小僧もブチ切れてる割には冷静なんだ。ご乱心ってわけじゃない。それだけに厄介だ……」
トシヒコが警戒しているのが、法王の〝切り裂く光弾〟だった。単に魔力をぶつけるのではなく、刃のように細く鋭く変化させていた。
……あの小僧の光弾、細くなった分、解呪が難しい。しかもちょうど女の肉と骨を切断する威力に調節してやがる。
ヒナは華麗に身をかわしているが、一瞬のミスが取り返しのつかない惨劇を招く。
「トシヒコ君! あの攻撃ヤバいよ! サポートしなきゃ! ボクならいけるよ! スタンバイOKだ」
ミウラサキも〝切り裂く光弾〟の脅威に気づいたようで、トシヒコを見た。
「いいかミウラサキ。ギリッギリまで我慢しろ。ここぞというところで行く」
トシヒコが故意に聞こえるように言うと、ラーの動きが一瞬止まる。
その隙をついてヒナは呪縛魔法の網を投げつけるが、ラーの魔力抵抗によって弾かれた。
トシヒコ率いる勇者パーティには、明確な役割分担がある。
あらゆる攻撃を防いでしまうタンク役の小夜子。
時間操作で敵と味方の行動順を入れ替えるミウラサキ。
賢者として回復と攻撃魔法を一手に引き受けるヒナ・メルトエヴァレンス。
トシヒコの役割は、臨機応変に攻撃、補助、回復で仲間をサポートすること。
とはいうものの彼のモットーが「めいめいが長所を活かして気持ちよく戦うこと」であるため、本人は補助役に回ることがほとんどだ。
「あっ、ヒナっちが危ない! トシヒコ君、助けようよ」
〝切り裂く光弾〟を回避し続けるヒナだが、24本のタクトを自在に操作しながら呪縛魔法の投げ網を打ち、状況に応じて解呪も行う。
彼女の息はまだ上がっていないが、しなやかな四肢には大粒の汗が浮かんでいた。
「ヒナっち疲れてきたよ」
ミウラサキがいてもたってもいられない様子なのを止め続けるトシヒコ。
「あの小僧はすでに俺たちとの戦闘も想定してる。俺たちゃ伝説の英雄だ。戦い方だって向こうにはバレてる。お前さんの能力は、たぶん一度しか小僧に通じない」
トシヒコはミウラサキの肩に手を置き、静かに揺すった。
そして左手を上げて4人を現すハンドサインを掲げた。
次いで「一斉攻撃」のサイン。
勇者の手の動きを見たヒナ、ミウラサキ、小夜子の顔つきが変わった。
法王の背筋に冷たいものが走ったが、同時に不思議な高揚感が巻き起こる。
「さあて、あの小僧の鼻っ柱をへし折ってやるか!」
「来るか……勇者パーティ」
ラー・スノールは口元に笑みを浮かべながら身構えた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「直行、イエメニアってコーヒー豆知ってる?」
直行「2020年に発見された『新母体品種』だろ? 1700年代に発見されたティピカ・ブルボン系統、1900年代初めに発見されたSL系統に続く第三の新母体品種」
エルマ「またコーヒーの話題ですか♪ あたくしあんな苦い飲み物ちっとも飲む気がしませんわ♪ お2人ともいい年してカッコつけてBLACK飲んでるんですか?」
直行「そう言うなエルマよ。人類がコーヒーを飲むようになって数世紀。今になっての大発見に、コーヒー業界は騒然としているんだ」
小夜子「ねぇ! どんな味なの?」
知里「焙煎によっても違うと思うけど、今まで飲んできたコーヒーと違ってて、異国情緒たっぷりなフルーティさと濃厚さがあって、酸味はあまりないタイプ」
直行「安いところでも100グラム2000円だから、なかなか手が出ないよな」
知里「ただ、水の少ない地域でも育つ「干ばつ耐性」もあって厳しい環境下にも耐えうる遺伝特性を持ってるかもしれない」
直行「地球温暖化によって、2050年にはアラビカ種のコーヒー栽培に適した土地がおよそ半分に減ってしまうとも言われてる中で、イエメニアは希望となり得る新品種なんだよな」
エルマ「でも収穫するのは児童労働者でしょう♪」
「次回の更新は1月29日を予定しています。『俺たちのフェアトレード』お楽しみに」




