532話・「蛍の光」撤収作戦
花火よりも派手な極大光弾、レーザービームのような十字砲火が夜空を切り裂く。
会場上空で展開される超高速の魔法戦闘は、俺の目でとらえきれないほど、速い。
法王ラーは、たまに隙を突いて俺の命を狙ってくるが、知里とヒナ、そして小夜子が阻止している。
それに加え、突如乱入した〝七福人〟3人によって、戦局はさらに混乱していた。
「はい。いまは直行さまへの攻撃がやんでいます……」
「法王はいったん俺を捨て置き、標的をヒナちゃんさんに絞って戦いだしたんだと思う。3人いちどには抜けないと判断したのだろう」
「そう見せかけテ。直行サン狙ってくるかも知れないヨ」
「はい。私と魚さんで迎撃しましょう」
レモリーと魚面は、なおも法王と戦う意志を示しているが、彼女らをこれ以上危険にさらすわけにはいかない。
そもそも精霊が怯えて言うことを聞いてくれないのだから、勝ち目なんかない。
まともに戦ったら、俺たちは全滅だ。
俺はともかく、手練れのレモリーや魚面にとっても、ラーは異次元の相手だ。
かつて上級魔神に殺されかけたときも、精霊が怯えてしまうような状態にはならなかった。
知里たちも含めて、この場にいるのは魔神を軽く超える者たちだ。
……この戦場は俺やレモリーや魚面にはレベルが高すぎる。
「戦っても勝ち目がない。ヒナちゃんさんが法王の足止めをしてるうちに、諸侯たちに退避指示を出して、俺たちもズラかろう。エルマを回収してここから脱出する」
「拙僧は法王庁のお歴々を説得していきましょう」
この場にいる2000人を撤収させるためには、まず俺たちがあの恐ろしい法王から身を隠さなければならない。
法王による、俺への攻撃がやんでいる今なら、撤収と退避の連絡を取れる。
俺は通信機を取り出して、ギッドを呼び出した。
「聞こえるかギッド。大変なことになった」
「花火の暴発ですか。会場に火の粉が落ちてきたら大惨事でしょう。直ちに花火師に中止を言い渡します」
どうやらギッドは何が起きているのか、詳細は分からないようだ。
彼らのいる位置は、諸侯たちのテーブルがあるエリアだ。
俺たちのいる場所よりも一段低い位置にあるために、こちらの様子はよく見えないようになっている。
貴人たちが花火を見るために設営された人工島なので、貴族の格というか、各席による視界には細心の注意が払われていた。
「法王がブチ切れて俺とヒナちゃんさんを殺しに来てる」
「……あの聡明な法王を逆上させるとは、何をやらかしたのですか?」
「国王暗殺の首謀者だと疑われている。とにかく花火大会はお開きだ。できるだけ穏便に諸侯たちを撤収させてくれ」
「ガルガ国王陛下を……? 貴方がやったんですか!」
ギッドの声は震えていた。
「俺が陣頭指揮を取り、諸侯たちを撤収させる。……そうしたいのはやまやまだが、法王に狙われていてそれどころじゃない。ギッド、悪いが諸侯の撤収の件はお前に丸投げする」
「無茶振りどころではありませんよ」
とは言いつつ、ギッドの声は落ちつきを取り戻していた。
「…………」
通信機越しに、お互いの沈黙が続いた。
一足先に飛空艇で飛び去ったクロノ王国は置いておくとして……。
勇者自治区、法王庁、諸侯たち、料理人も含めた約2000人がこの場に残されている。
会場ではまだ花火が上がっているが、時間的にはそろそろお開きになる頃だ。
予定では、最後に湖上の空一面を覆い尽くす大花火が上がり、楽師隊が「蛍の光」を演奏して各自お開きとなるはずだった。
その後は各勢力ごとに撤収するもよし、ナイトクルーズを楽しむもよしという計画だったが、そんな平穏な夜も吹き飛んでしまった。
「……ギッド。下手をすると俺はここで死ぬかもしれない。エルマだけでも帰せるといいが、その後のロンレア領の運営はお前にかかっている。頼んだぞ」
戦局がどうなるか分からない以上、最悪な事態を想定しておかなければならない。
「何を弱気になっているんですか。貴方らしくもない。任された以上、最善は尽くしますが、あなたのご無事が最優先です。貴方ならきっと出し抜ける。帰還をお待ちしていますよ」
相変わらず、ギッドは俺を買いかぶっている。しかし、彼の言葉は自信喪失気味だった俺に活力をくれた。
「ギッド。諸侯や来客たちのパニックは避けなければならない。なるべく自然な形での撤収が望ましい。法王猊下とて無関係な人を巻き込みたくはないだろう。クバラ翁や自警団の皆にも協力してもらい、穏便に撤収をしてもらおう」
俺は、法王の姿をチラ見しながら指示を出した。
おそらく〝地獄耳〟ラーはこの会話を聞いているはずだ。
戦闘中の法王だって、無関係な諸侯たちを消し炭にはできないはずだ。
……まあ、この場にいれば俺が消し炭になる可能性は高いけどな。
「……それでも俺、やんないと」
しかし俺には、責任がある。
この花火大会を主催し、諸侯や法王庁、勇者自治区、クロノ王国の要人を集めた。
自分たちの命よりも、勇者自治区の要人や諸侯たちの帰還を最優先させなければならない。
頭ではそう理解していても、俺はまだ恐怖に囚われていた。
──法王ラー・スノール。いままでの相手とは次元が違う。
一瞬でも気を抜けば死ぬ。
肌を差すような恐怖はきっと消えないだろう。
しかし、俺にとっての〝覚悟〟が問われていた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
今回からシナリオ形式になります。
直行「1月19日といえば、119で消防の日だな」
エルマ「そういえば先日、某消防隊マンガを読んだんですけど♪ ギャグの方向性とノリが微妙にウチと被るんですわよね♪」
直行「あの有名な消防士のマンガだろ。どこが被るんだよ」
エルマ「ネタバレになるから詳しくは言いませんけど♪ 笛とか♪ 変な動物や人間の出し方とか♪」
直行「変な動物? 笛のシーンなんてあったかな」
知里「そうね。そう言われたら確かに。パッと見だいぶ違うけど、読んでみるとお嬢の言ってることも分かる」
直行「俺には分からないよ。確かに問題児たちがキッチリ仕事するところは似てるけど、俺たちにそこまでのガッツはないだろ」
知里「いま気づいた。直行の言ってるやつ、たぶんそれ違う消防隊マンガだ」
直行「ええ、どういうことだよ知里さん。〇組の〇吾じゃなくて?」
小夜子「戸〇り用心、火の用心、げんげん元気な〇曜日」
直行「それ日本〇舶振興会のCМだし。元ネタを知っている人はさすがにいないだろ……」
エルマ「次回の更新は1月22日を予定していますわ♪ 『延々ノ消防談義』お楽しみに」




