528話・3人の女盾
「っは!」
俺の左耳の上半分が吹き飛んだ。法王の光弾によるピンポイント狙撃だった。
ヒナと交戦中にもかかわらず、法王は俺の命を狙ってきている。
知里が闇魔法で弾道を逸らしてくれなかったら、脳味噌をぶちまけていただろう。
いま俺の命は、まさに風前の灯火だ。
「直行どの! 大丈夫ですか……!」
ジュントスが回復魔法を唱えようとしたが、俺はやめさせた。
「お気持ちはありがたいけど、あなたは法王さまの側近。治療行為がバレたら立場的にマズいでしょう」
「……それはそうですが。では気持ちだけでも受け取ってくだされ」
回復魔法の詠唱をやめたジュントスは、再度手でハートマークをつくった。単にこのジェスチャーが気に入っているのだろう。
俺は、耳の怪我から出る血を手で抑えながら彼から距離を置くと、上空を飛び回る知里の方へと走っていった。
彼女は今、クロノ王国の異形の3戦士と交戦中だ。
闇の翼で飛び回りながら、〝眼帯の騎士〟〝ひときわ異形の巨漢〟〝長髪の闇魔導士〟を攻撃しつつ、法王のピンポイント狙撃から俺を守ってくれている。
俺は、なるべく法王から死角になるよう身を隠し、様子をうかがう。
「直行。法王さまが光弾を小さく精密にした分、迎撃が難しい。致命傷だけは絶対に防ぐつもりだけど、少しのケガは我慢して」
俺の頭の中に、知里の思念が響いてくる。
「クソ猫がちょこまかと!」
そんな知里に斬撃を浴びせかける眼帯の騎士。
彼女は身を翻してその攻撃を避けると、闇の翼を魔神の腕に変形させ、カウンター気味に拳を叩き込んだ。
「邪魔だグンダリ! 射線に入るな! クソ猫は吾が仕留める!」
ちょうどそのとき、騎士の後方から雷魔法を放とうとしていた長髪の魔導士が叫んだ。騎士とタイミングが合わないのか、喧嘩腰だ。
「連携しろ2人とも! 3体1でかかれば女魔導士とて」
反対側では、巨漢が両腕に装備した籠手を打ち鳴らして知里に飛びかかる。
斬撃と雷魔法と、籠手の一撃。連携しろとか言いつつ、それぞれが自分勝手でちぐはぐな攻撃だが、当たればひとたまりもない威力だ。
知里は3人の攻撃を華麗にかわしながら、俺を狙って放たれるライフルのような法王の光弾を撃ち消している。
それにしても、クロノ王国の精鋭3人と同時に交戦しながら、魔弾のコントロールに優れる法王を迎撃するのは、さすがの知里でも厳しそうだ。
「直行くん! わたしがフォローする! こっちへ来て!」
小夜子がそんな状況を心配して、俺を手招きする。
自身の防御能力『乙女の恥じらい』による、絶対無敵の障壁に俺を入れようとしてくれているのだ。
が、彼女はすでに負傷した魚面とレモリー、2人の治療を続けるネンちゃんをバリア内に入れている。
小夜子の障壁は絶対無敵といわれるものの、守備範囲が狭くて、人数が入りきらないかもしれない。
まして俺が入ったら彼女たちまでもが法王の標的になる。
現在のところ法王は彼女たちを狙って攻撃していないが、法王が彼女の障壁を破れるかどうかは未知数だ。あまり危険に晒したくない。
「小夜子さん! 俺は大丈夫だから、レモリーたちを頼む」
「分かったわ、気を付けて! ――知里、ヒナちゃん! 直行くんを守って! お願いね!」
そう言って小夜子は、法王と直接対峙するヒナに声をかけた。
「ちょっとママ! ヒナにまで話を振らないでよ!」
ヒナは困惑している様子だった。
「ヒナはこう見えて政治家なんだから、もう!」
実際、彼女には勇者自治区執政官という公の立場がある。
知里のように表立って俺を庇うわけにはいかないのだ。それでも彼女は俺から遠く離すように法王ラーを誘導して戦線を展開してくれていた。
「あれ?」
しかし、そのラーの姿がない。いつの間にか見失った。
「……女3人を盾にして身を守るとは。〝恥知らず〟よ、噂の通り見下げ果てた男だな」
不意に、俺の耳元に法王の声が響いた。
「げっ」
振り向いた俺の目の前にいたのは、法王。
またも瞬間移動を使ってきたのか。
声を届けたかと思った次の刹那には、至近距離に迫っている。
万事休す──。




