52話・勇者自治区・レンガ倉庫での取り引き
勇者自治区を一言で言うと、某有名テーマパークのようだった。
ど真ん中に建てられた絵本のような城が見える。
さすがに観覧車や絶叫系マシンは見えないものの、ポップでカラフルな建造物が立ち並んでいる様子は壮観だ。
周囲には人工的に造られたような山や湖があり、湖畔には美しい帆船が浮かんでいる。
「ようこそ『勇者自治区』へ。歓迎しますよ直行さん」
「お、おう……やべーなここは」
いぶきの案内で俺たちは、メルヘンチックなゲートの前に馬車をつけた。
そこは来賓者用ゲートと、関係者用ゲートに分かれていた。
両ゲートともシャコー帽をかぶったオモチャの兵隊のような恰好をした門番がいて、腰にはサーベルを下げていた。
一見、ファンタジー風の衣装にも見えるけれど、旧王都では見たことがない。
いぶきは関係者用ゲートで、シャコー帽の兵隊さんに何かを告げると、ほとんど顔パスのような状態で鉄製の門が開いた。
「どうぞ、こちらへ!」
俺たちの目の前には絵本のような建物が立ち並んでいる。
鮮やかなパステルカラーの街並み。
水と緑も多く、色とりどりの花が咲き乱れ、噴水が勢いよく上がり、美しい虹のアーチを描いている。
頭上では、ホバークラフトやキックスケーターで住人たちが空を駆け回っている。
人々の格好も、旧王都とは比べ物にならないほど派手で、自由な印象を受けた。
地面はレンガのような材質で舗装されていて、鳥や花などをモチーフにしたモザイク画が描かれている。
「たった6年で、こんなんにしちまったのかよ!」
「は、はい……。私も初めてまともに『入国』させていただきましたが、聞きしに勝る威容ですね」
俺は言葉も出ないほど驚いてしまった。
レモリーも目を丸くして周囲を眺めていた。
「久しぶりに来たけど、すごいわね!」
小夜子は半ば呆れたような表情。
「すごーい! ネンこんなすごいところ生まれて初めてです」
ネンちゃんは目を見開いて、その景色に圧倒されっぱなしだった。
一方、つまらなそうにしていたのは知里だ。
「……ていうか、年々悪趣味になっていってる感じね」
彼女は毒づいている。
しかしその表情は、とても寂しそうだった。
皆、思い思いの感情が去来しているようだ。
俺はといえば、エルマが人質となったままマナポーションの取り引きを完遂させてしまってはまずいのではないかと懸念する一方で、ロンレア家の借金返済に「失敗すれば死ぬ」呪いが俺にかけられているという、相反する2つの不安が交互に頭をよぎっていた。
いや、考えるのは止そう。
今さら後戻りはできないのだから……。
◇ ◆ ◇
俺たちが案内されたのは、大きな倉庫街だった。
メルヘン調のポップな街並みとはうって変わって、シックなレンガの重厚感ある倉庫が並んでいる。
その一角にいぶきが所属する『髪結い師ギルド』の持ち倉庫があり、そこにマナポーションを納入する運びとなった。
警備は厳重で、俺たち全員は入念にチェックを受けた。
護衛の3人組には見張りを兼ねて、外で待ってもらうことにした。
倉庫の扉は鉄製で、まるでマフィア映画のセットのような物々しい感じ。
ビキニ鎧姿の小夜子が思い切り浮いていて、緊張感を和らげてくれた。
小夜子もネンちゃんと一緒に入り口のところで待機してもらう。
中に入るのは俺とレモリーと知里。
そしていぶきだ。
倉庫内に入ると、すでに現場にはいぶきの手の者と思われる人員が待機していた。
彼らは全員が黒ずくめだが、髪型がチャラいのでホストみたいだった。
そんなチャラい彼らでも俺たちに一礼するとテキパキとした動作で荷台からマナポーションの箱を下ろし始めた。
「直行さん、こちらが受領書と代金です」
「待ってくれ。さっきの襲撃でマナポーションを2箱ほど消費したので、その分は引いてもらわないと」
「数々のアクシデントを乗り越え、よく無事に納品してくれましたよ。マジで、称賛に値します、直行さん」
俺は受領書などの書類にサインしながら、肩をすくめた。
レモリーがホッとしたように胸をなでおろすと、知里が彼女の肩に手を置いて頷いた。
「我ながら、よく生きて届けられたとは思うよ」
「アハハハ。僕なら死んでましたね」
いぶきの目は笑っていなかった。
「小夜子さまを連れてきていただいたお礼もあるので、その分は後程お支払いいたします」
いぶきの命を受けた男が、アタッシュケースを3つ俺に見せた。
中には1万ゼニル金貨がびっしりと敷き詰められている。
「はい。間違いなく5000万ゼニルです」
金額を確かめるクール&ビューティなドレス姿のレモリーは、まるでギャング映画の登場人物のようにこの場に馴染んでいた。
「……ここにいる者で、あたしたちを罠にはめようとしている奴はいないわ」
それにしても知里のスキル『他心通』は、こういう場面でも大活躍してくれる。
取引相手を無駄に警戒しなくて済むのでありがたい。
「取引成立ですね」
俺といぶきは握手を交わし、無事に取引は成功した。




