526話・知里のデスサイズ
猛り狂ったソロモンの闇エネルギーが、まるで殴りつけるようにヒナの魔道砲を叩き落とした。
ソロモンはありったけの魔力、集中力をすべて注ぎ込んでいる。
次いで自分の影を長く伸ばし、魔力を封じられた法王ラーを保護した。
魔道砲の照射から彼を守るためだったが、ソロモンの警戒に反して、ヒナの魔道砲が火を噴くことはなかった。
「ソロモン、隙だらけ!」
集中するあまり無防備となったソロモンの命を、知里が容赦なく狙う。
ソロモンと知里は闇魔法の使い手同士だ。
だがソロモンよりも遥かに光を通さぬ漆黒の闇を、知里は纏っている。
知里がその細い腕を片方、長く伸ばしたかと思うと、闇エネルギーの巨大な死神の鎌へと形を変えた。
「御命頂戴!」
ソロモンの首を狙い、刈り取るように大きく振り下ろす。
「させるかよォ!」
グンダリが割って入り、伸縮自在の蛇腹剣で大鎌を受けた。
が、鎌の先端が自在に伸びていき、そのままソロモンの首を狙う。
「ぐおおおお」
ソロモンの首元に深々と食い込んだ。
「ソロモン!」
ラーが彼を助けるべく、持っていた剣を知里に向かって投げつけた。直行の血の付いた剣だ。
「きゃあぁ! 知里!」
小夜子が鉄壁のバリアで守ろうとしたが、射程外だった。
彼女は手負いのレモリーと魚面、そして何よりも少女ネンちゃんを守らなければならず、身動きがとれない。
一方、ヒナは堕とされた魔道砲をすぐに復活させたが、威嚇照射はできてもラーの行動を止めることまではできなかった。
「うっ」
剣が知里の肩口に当たった。鈍い音がして、知里が身をよじる。
ラーが知里に向かって投げたのは、刃ではなく柄の方だった。
華美な彫刻の施された重い柄が彼女の華奢な肩に当たり、知里の大鎌の狙いが外れた。
「猊下……解呪を」
まさに文字通り、首の皮一枚つながった状態のソロモン。
渾身の魔力を振り絞り、ラーの魔封を解除する。
「……ありがとう。礼を言う」
ラーが倒れたソロモンの傍らに跪き、辛うじて切断を免れた首に手をかざした。
みるみるうちに傷が癒えていく。
「おお……」
「いや、治ったわけではない。単なる応急処置だ。自動回復をかけておくから、完治するまで無理はするな」
「御意」
ラーはソロモンを騎士グンダリに任せると、ヒナに向き直った。
「ヒナ・メルトエヴァレンス執政官。この目障りな魔道砲はただの飾りか? 火を噴けぬ武器とは、錆びついているのかな」
再びラーに照準を合わせたヒナの24本の魔道砲は……この局面においても彼の命を奪わない。
ヒナは唇を噛み、その表情を探るように見ていた法王が呆れながら言った。
「執政官。あなたは素晴らしい魔力の持ち主だが、宝の持ち腐れというべきか。私を殺す絶好の機会に、とどめを刺すことができないとは」
「法王さま。こんな戦闘、ヒナは絶対に無意味だと思う!」
「現代日本とやらからの召喚者や転生者は、人が相手となると、なぜかみな弱腰だな……」
すこし首をかしげた法王を尻目に、知里が暗い、闇に吞まれたような顔をしてこうつぶやいた。
「ちっ……。ソロモンを仕留め損ねた」
そしてヒナ対ラーの戦線から離脱すると、ソロモンを抱きかかえたグンダリを追いかけ、容赦なく闇魔法の照射を浴びせる。
そこへ巨漢のパタゴン・ノヴァが割って入り、ソロモンとグンダリをクロノ王国の飛空艇に回収しようとするので、知里を含めた3人は訳の分からぬ泥沼の混戦へと突入していった。
「知里には惚れ惚れする。あなたがたと同じ現代日本からの召喚者であるにもかかわらず、本気で人の命を奪いにいくのだからな」
「ヒナは、ちーちゃんも法王さまも、やめさせたい!」
ヒナは魔力を放出させるものの、どうしても攻撃できない。
ラーはそんなヒナを再び標的に据えた。
◇ ◆ ◇
「直行くん! 大丈夫?!」
知里のおかげで小夜子が俺の危機に気付き、バリアの中に保護してくれた。
俺は失血で意識が朦朧としている。
ハーフエルフの回復役、ネンちゃんが俺を心配そうにのぞき込み、レモリーと魚面と、3人まとめて治療してくれている。
そんな緊迫した状況で、血相を変えて駆け寄ってきたのは、エルフの射手スフィスだった。
「待て待て! わが姪は回復アイテムではない!」
ハーフエルフの回復役ネンちゃんとの間に割り込み、大声を張り上げる。
「ええと……、何であなたが……?」
「いくら直行どのとて、看過できない! 姪は半分とはいえ妹の、女王の血を引いているのだ」
「状況を考えてくれスフィス、いまはそれどころじゃないだろ。俺、死にそうだし」
俺の仲間が瀕死の重傷を負い、知里やヒナはクロノ王国の側近たちや法王と対決している。
しかし法王の狙いは俺で、法王の魔法攻撃は続いている。
俺も、死ぬかもしれない……。
この状況下で、そんなことを言われても困る。
スフィスも必死のようだが、逼迫した今の状況ではそれどころではないのだ。
致命傷を負った魚面とレモリーの回復は、ネンちゃんが一生懸命やってくれているが、傷は深く、もうしばらく時間がかかりそうだ。
「ネフェルフローレンをこんな危険な場所に置いておくなと言っている!」
「落ち着けスフィス!」
エルフであるスフィスにとっては、人間たちの祭りに自分たちがいること自体が本来あるべき姿ではない。
それは俺も承知していたが……。今回花火大会を主催するにあたって、警備上エルフの耳と精霊術は有効だと考えて、声をかけたのだ。
一方、ネンちゃんは人間の父親のもと、旧王都のスラム街で育ったために、エルフ族の意識があまりないようだ。
「スフィス伯父さん。ネンは小夜子おねえさんにいっぱい優しくしてもらったから、さかなのおねえさんと、じょうふのおばさんをたすけてあげたいのです」
ネンちゃんはそう言って、スフィスの手を放そうとした。
エルフの叔父とハーフエルフの姪は、お互い譲らない。
「え? 誰か来る」
……と、さらにそこへ幻影を突き破って新たな人影が現れた。
ホンシメジのような河童頭……。
俺はこの人物を知っている。




