524話・手出し無用
「このクソ猫め! ……法王猊下、このソロモン、すぐに魔封を解除いたします!」
全魔力を漲らせて介入してきたソロモンは、かなりの興奮状態だった。
法王ラーにかけられた魔法封じを解除すべく構えた魔槍トライアドに、魔力を溜めている。
「マズい。……あたしはあいつを阻止する。ヒナは猊下の生け捕り、お願いね」
知里は即座に法王とソロモンの間に割って入った。
「OKちーちゃん、まかせてちょうだい。法王さま、とっ捕まえてひん剝いてあげるから」
激闘の果てに相手を丸裸にするのは、いつものヒナの悪いクセだ。
「ソロモン! この魔封を解け。解いたらすぐに飛空艇へ戻り退去せよ」
ラーが命じた。
クロノ王国の貴賓席はすでに、〝ガルガ国王の影武者〟をはじめ、アニマ王女や高官たちが撤収を済ませてがらんとしている。
会場に残されたのは後詰めを任された〝七福人〟の武断派、隻眼の騎士グンダリと巨漢パタゴン・ノヴァ、そしてソロモンのみ。
ちょうど飛空艇に乗り込むところだったネオ霍去病は、舐め切った挙句にまるで名残を惜しむかのような薄ら笑いを浮かべながら、法王や勇者たちを見下ろしている。
「わが役目は完遂しました」
ネオ霍去病の乗船を確認すると、ソロモンは法王に向き直った。
(それにつけても最も忌まわしき敵は、あの〝クソ猫〟知里だ)
ソロモンとしては彼女に何度も目的を妨害されただけでなく、虎の子である量産型魔王の試作機まで大破させられ、大きな損害を出した。
さらには彼の生身の体まで損傷させられた憎むべき敵。
頬を抉られ、左足を切断され、この痛みは永久に消えない。
「このソロモン、飛空艇には戻らず、猊下と共にあの女と戦う覚悟です」
「熱くなるな。手出しは無用だ」
ラーは申し出を断った。
彼の本音としては、激昂したこの男に加勢され、万が一にも知里と刺し違えるようなことがあっては、それはそれで困るのだった。
「ソロモンは魔封を解いてくれるだけでよい」
「しかし猊下……」
「ちっ。アンタなんかお呼びじゃないのよ。魔封は解除させない」
知里が煽る。
彼女にとってソロモンは憎き親友の仇。だが、ラーや直行の面子を立てて、ここでは手出しはしないと固く心に決めていた……。
……のだが、そうは思いつつも、彼女は戦闘態勢を取ってしまう。
(──もはやここが戦場である以上、どさくさに紛れてソロモン討ち取るのもアリか……)
知里自身も、ラーと戦うつもりはない。
(──でも猊下が魔法を使えない今なら、ソロモンを確実に殺れる)
「ソロモン上等! 今ここで親友の仇を取らせてもらう!」
少し動揺した法王を尻目に、知里は腰にさした魔導銃を引き抜いた。
「ごめんなさい猊下。あなたの大切な臣下かもしれないけれど、あたしの親友の命を奪ったソロモン改のお命、この零乃瀬知里が頂戴するわ!」
魔導銃の引き金を引き、ソロモン目掛けて闇の魔弾を放つ。
「うるせぇ!」
ちょうどそこに、グンダリの蛇腹剣〝真・鉈大蛇〟が射線を遮った。
闘気を込めた蛇腹剣で、闇の魔力を両断してみせた隻眼の騎士は、ソロモンを後ろに庇い、知里の前に立ちはだかった。
「おいおいおいソロモン! 抜け駆けはなしだぜ! 〝クソ猫〟の始末なら、俺も混ぜてくれよ!」
そして伸縮自在の蛇腹剣を振り回し、参戦してきた。
「2人とも熱くなるな。我らに任されたのはあくまでも王国要人たちの撤収だ。皆を巻き込むな! ここはワレに任せ、オマエたちも船に乗れ」
そう言ってさらに割り込んできたのは、パタゴン・ノヴァ。彼は異形の集団〝七福人〟随一の巨漢で、仮面を被った拳闘士風の男だ。
「ちょっと、ちーちゃん! ヒナは法王さまを止めてって言ったよね? 変な敵ばっかり引っ張り込まないでよ」
ヒナは困惑している。
いざ法王を生け捕りにしようというところまでいったのに、3人もの異形の男たちが割り込んできたのだ。
「知らないよそんなの。こいつらが勝手に来たんだから!」
ヒナも知里も〝鉄壁のバリア〟小夜子でさえ、新たに参入した3人に気を取られている。
「……まったく、誰もかれも好き勝手なことを……」
一方、法王ラーは小さくため息をつきながら、横目で〝恥知らず〟直行の位置を確かめていた。
今、直行を庇う者は誰もいない。がら空きだ。
(──魔法など、使えなくても構わない)
知里、ヒナ、小夜子がソロモンたちに気を取られている隙に〝恥知らず〟を仕留める。
ラーは法衣の下に隠し持っていた宝剣を抜いた。
刃が鋭く光る。
そして音もたてず敏捷な足捌きで、静かに直行に斬りかかっていった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「あら珍しい。知里がワインじゃなくてコーヒー飲んでるなんて」
「寒い日はあったかいコーヒーがいいよね。お小夜も飲む?」
「ありがとう! へえ! 美味しいわ! ブルマン? キリマン?」
「コーヒーチェリーの原産地に近いエチオピアの豆よ。精製方法は水で洗うんじゃなくて昔ながらの果実のまま乾燥させる方法だから、雑味はあるけどフルーティーでとても華やかな風味があるでしょ」
「なにそれー? わたし喫茶店でバイトしてたのに全く分かりませーん」
「知里さんはコーヒーまで洋酒の風味を求めるんだな」
「まあね。ちなみにナチュラルやウォッシュドなんかの精製法に加えて焙煎具合なんかでも味はまるで変わってしまうから、コーヒーも奥が深いのよ」
「へー♪ ブラックコーヒーなんてあたくしには単なる〝苦い飲み物〟でしかありませんけどねー♪」
「お嬢も飲んでみる?」
「やっぱり苦いですわー♪ 次回の更新は12月18日を予定しています♪ 『知里さんの苦い人生』お楽しみに♪」




