523話・法王と女賢者と化け猫の三すくみ
クロノ王国の貴賓席からやや離れた位置──。
法王とヒナ・メルトエヴァレンスの対決、そこに割って入った知里の様子を、少し引いた立場から見ている2人の青年がいる。
勇者トシヒコと、そのパーティメンバーである商人カレム・ミウラサキだ。
「見ろよミウラサキ。やべえな。ちーちゃんに向かって逆流をやられたら、あの小僧にこっち側の情報がダダ漏れだぞ」
トシヒコは面白がっている。
「ちーちゃんにリバース? ってどゆこと? トシヒコ君」
「ちっぱいちーちゃんは、スキルで人の心を読むだろう。テレパシー的なやつな。たとえばミウラサキが、いつもあーんなコトやこーんなコトを考えていることが、ちーちゃんにはみーんな筒抜けってわけだ」
「変なたとえだなぁ」
「で、そのテレパシーが法王に向かって発動しているときに、法王がちーちゃんに逆流魔法をかければ、どうなるよ?」
「逆流だから、逆に法王の人がちーちゃんの頭の中を読めちゃう……ってこと? でもさ、そう簡単にいくかなあ。リバースみたいな魔法、ちーちゃんみたいなすごい魔法使いの人に、ちゃんとかかるわけがないし、かかったとしたって確率の問題でしょ」
「お? 生意気なこと言うじゃねえか、ミウラサキのくせに」
トシヒコはスポーツ観戦よろしく眺めている。
ミウラサキはそんなトシヒコの態度を、少し歯がゆく思わないでもなかった。
◇ ◆ ◇
(――ヤバい。リバースきた)
知里は即座に『他心通』の発動を止めた。
以前、無防備にスキルを発動させていたとき、法王から不意打ちでリバースを食らったことがある。
(あのときはかなり頭の中を覗かれた。そうはさせるものか)
同じ魔導士として相手が〝格下〟であれば簡単にかかることはないが、知里にとって法王は同格かそれ以上。手強い相手だ。
(――『他心通』の代わりに、これならどう?!)
知里は逆流を食らう直前、自分自身へ向けて〝沈黙〟の魔法をかけた。
沈黙とは、〝魔法封じ〟の魔法。
かかってしまえば、魔法が使えなくなる。
これがそのまま、強力な魔封となって法王へと逆流した。
「――――!」
(かかった!)
法王は自らの強大な魔力によって魔法を封じられてしまった。
「お得意の魔法を、自分で封じちゃったわね、法王さま。初歩的な魔法だけど、逆流した魔力量が半端ないから、さぞ解呪も大変でしょう」
(本来なら猊下に魔封をかけるなんてこと、並の魔導士にはできっこないんだけど、自分でかけちゃったんだから仕方ない……よね)
「やったじゃない! ちーちゃん! 法王さま、生け捕りにしちゃおうか」
ヒナがウキウキしながら歓声を上げる。
「くっ……」
法王ラーは状況を確認した。
まずは、自分にかけた沈黙を解呪しなければならないが、解呪の魔法が使えないので、何らかの方法を考えなければならない。
そして今、自分は完全に包囲されている。ヒナが放った24本の魔導砲に、360度取り巻かれている状況だ。ヒナの号令一つで全方位から全属性の魔法が、自分に向かって火を噴くだろう。
その一方で、自分から標的・直行への射線は完全に知里によって塞がれている。
加えて、視界の隅にちらつく裸の女戦士の動きも気になる。
(──ふざけた格好の女狂戦士だが、裸同然なのに鉄壁の防御能力をもつと聞く。彼女もまた、勇者パーティのひとりか)
裸の女狂戦士こと小夜子は、負傷した魚面とレモリーの治療を続ける回復少女ネンちゃんを守りながらも、必要に応じて直行のカバーに入れる間合いを取っている。
(──あの女狂戦士が背負っている武器は、ひょっとして勇者の刀か? うかつに手を出すと、向こうで静観している勇者も参戦してくるかもしれないな)
ラーは行動する順番を整理した。
(まずは沈黙を解呪した後、ナオユキを始末し、女賢者を戦闘不能にする。勇者との全面対決は、その後だ)
「ふん、小僧の奴。俺の得物を睨んで笑いやがった」
その様子を遠巻きに見ていた勇者トシヒコが不敵に笑った。
その傍らで、商人ミウラサキがハラハラしながら小夜子やヒナを見ている。
「トシヒコ君、見てばかりいないで止めようよ」
さすがにミウラサキは提案した。
「い~や、あの小僧、もう詰んだろ。この勇者様が出ていくまでもねえよ」
「でも法王の人ガチギレしてるし、早く捕まえないと、直行くんとヒナっちが危ないよ」
ミウラサキは食い下がる。
「そうだな。小僧を生け捕りにすりゃ外交カードに使えるしな。よし、ヒナちゃんとちーちゃんに、やってもらってくれ」
「もう! トシヒコ君は頼りにならないなぁ! よし、こんなときはちーちゃんだ! ちーちゃーん! 法王の人、捕まえちゃっていいって! ……ねえトシヒコ君、ボクも行っていい?」
ミウラサキは無邪気に知里に手を振る。
「カレム。無茶言わないで」
知里は『他心通』を発動して周囲の人の心の内を探っている。
どうやら法王ラーは今まで知里に対してある程度、心の中の読ませる領域とそうでない領域とを制御していたようだったが、今は自縛の魔封がよく効いてしまっているため無防備だ。
「……知里。どうやら理解してもらえたようですね。私にとって、〝いま、このとき〟を置いてほかにないことを」
「猊下。まさか法王のお立場を……」
知里としても法王と戦う理由はなかったが、依頼主で友人でもある直行の命を失わせるわけにはいかない。
一方、ラーも勇者を討つという兄ガルガの最期の思いを叶えたい気持ちはあったものの、実のところ知里とだけは戦いたくないのが本音だった。
(──彼女は世界の秘密を解き明かす〝鍵〟を握っている)
〝それ〟を扱える人間が、この世界でただひとり知里のみである可能性が高い以上、戦いに巻き込んで彼女を失うことだけは避けたかった。
そのときだった。
「法王猊下! 助太刀いたします!」
クロノ王国の魔導士ソロモンが、すごい勢いで駆けつけてきたのだ。
まるで今にも彼の全魔力を放出してしまうかのような、尋常でない形相だ。
「ヤバい。あんなのが来たら法王さまの魔封が解除されちゃう……!」
彼の参戦で、戦局がさらに混乱するのは必至だ。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「ねえ直行くんは野球部だったの?」
「次回予告にヒナちゃんさんとは珍しいな。でも野球は中学のときにやめたから、ずっと帰宅部だ」
「そっか。ちーちゃんと同じね」
「まあね……って、ヒナ、あたしに振らないでよ。でもここでは帰宅部が多数派だから。お嬢も帰宅部でしょ?」
「違いますわ♪ 帰宅部なんて不健康ですわよ♪ あたくしはオカルト研究会の部長でした♪ 部員は1人しかいませんでしたけどね♪」
「……ヒナちゃんさんは学生時代部活とかやってたのか?」
「ヒナはチアリーディングをやっていたわ! Go! Fight! Win!」
「クイーンビー……ムキー羨ましいですわー♪」
「ヒナちゃん全国大会にも行ってるんだって!」
「ママだって不良ばかりのラグビー部員たちを更生させて花園まで連れて行った〝伝説の女子マネ〟じゃない」
「……どこかで聞いた話だな。さて、次回の更新は12月15日を予定しています『恥知らず学園! クイーンビー母娘のスクール☆ウォーズ』お楽しみに」




