522話・看板女優の真骨頂
ヒナの魔道砲に360度取り囲まれたラーは、宙に浮かんだまま彼女を見ている。
お互い魔導士がもっとも得意とする中~遠距離の射程を保ったまま、2人は対峙している。この状態で八方を包囲された法王の勝機は薄い。
ラーは虚ろな上目遣いで、言葉を発せずヒナを見ているだけだ。
「勝負あり、でしょ? 降参してくださるわね? 法王さま」
達人同士であれば分かる、勝負ありの瞬間。
それを認めないラーの沈黙を奇妙だと思いながらもヒナが問うと、彼の答えは、すぐ至近距離から聞こえた。
彼女の右耳のそばだった。
「撃つ気がないのなら、包囲をしたとて、その勝利宣言に何の意味もない……」
ヒナのこめかみに、銃口を連想させる冷たいものが当たった。
彼女が横目で確かめると、あの冷淡な目をしたラーがそこにいて、「四界龍王の王笏」の先端を軽くヒナのこめかみに当てているところだった。
「あら。分身の術ですのね……」
「同時に魔法封じも使わせてもらった」
ヒナの傍のラーが、分身にアイコンタクトで指図すると、分身を取り囲んでいた魔導砲が魔力を失ってパラパラと落ちた。
「お見事……と、言いたいところだけど」
だがヒナは、自信満々にパチンと指を鳴らす。
「ヒナにはお見通しよ。……ね? 法王さま」
すると落ちたはずのタクトが宙に戻って、再びラーを取り囲んだ。
タクトが取り囲んだのは、今までと同じ〝虚ろな目をした〟ほうのラーだった。
「分かりやすいお芝居だったわね。本物は最初から、そちらだけ。こっちのニセモノさんは、幻影術なの? 幻の王笏でヒナを脅したって、無駄。攻撃なんてできるのかしら」
軽く舌を出して笑うヒナ。
「メルトエヴァレンス一座の花形女優に、お芝居で勝負しようなんて10年早いわよ」
しかしそれでも2人のラーは眉ひとつ動かさない。
〝見破られた〟ほうのラーが口を開いた。
「お見事です、メルトエヴァレンス執政官。でもあなたは、こちらの命を取りに来ていない。あなたがやっているのは、包囲と牽制だけだ」
そして、こう決意する。
(本気になれないのならば、その隙に〝ロンレアの恥知らず〟を消してしまえ)
「…………」
ラーはヒナを見すえながら、自身の〝分身〟に向かって何かを指図した。
女賢者に王笏を突きつけていた〝幻影〟は、ラーの命令に頷くと、素早く身を翻して、直行のいる方向へと真っすぐに飛んだ。
〝ラーの幻影だったもの〟は甲高い声で笑っている。笑い声は複数にも聞こえた。
「まさか! あれは……幻影なんかじゃない。光の精霊だわ!」
人型の精霊はやがて、その輪郭が光にのまれ、刃の形をした高エネルギー体へと姿を変えた。
射線に誰が入ろうとも消し炭になるほどの威力の光弾が直行へ向かって飛ぶ──。
しかし、光弾は突如出現した深い闇の塊に飲まれた。
「……知里!」
光弾よりも早く、知里による闇魔法が発動していた。
「……法王猊下。あたしは用心棒として仕事はさせてもらうって言いましたよね?」
ラーの心を読んでいた知里が、直行への射線上に『魔法吸収』を放っていたのだ。
法王とヒナ・メルトエヴァレンスの賢者対決に、闇魔導士の知里が乱入する──。
「法王さまの光魔法をものともしない! やっぱりちーちゃんは光じゃなくて闇が最適解だったね!」
「ヒナ、うるさい。アンタも詰めが甘いよ。自分で〝花形女優〟なんて名乗るなら、キッチリやってもらわないとね!」
憎まれ口を叩きながら、法王と直行の間に割って入った知里は、心を読む能力『他心通』を発動して次の一手に備えた。
「ちーちゃん! 法王さまと親しいんでしょ! だったら説得して戦いをやめさせて!」
一方、ヒナにとって知里の参入は、この戦いを止める転機そのものに見えた。
S級ライセンスとはいえ、一介の冒険者に過ぎない知里。
それなのに、法王庁の貴賓席に呼ばれて法王と歓談していたのをヒナは目の当たりにしている。
よほどのことがなければ、排他的な法王庁に異界人が招かれることなどあり得ないはずだ。絶対に。
「ちょっ! ヒナ! 親しいとかそういうんじゃないから!……」
ヒナの言葉に、知里はなぜか頬を赤らめる。
だが、そんな様子とは裏腹に、知里は法王の前に立ちはだかり、一歩も引く気を見せなかった。
「それに……。あたしには法王さまを止めるなんて無理だよ」
知里は過去の冒険を通じて法王の気質をいくらか知っているし、許された範囲で思考も読んでいる。
そんな知里に対しては、法王にも幾分迷いがあるようだった。
「退いてください、知里」
少しだけ歯切れが悪い。
「退くことはできません。あたしは用心棒として、〝ロンレアの恥知らず〟の命を守る仕事を請け負っていますから」
知里の背後には、法王の標的にされた直行の姿がある。
いま、彼女を突き動かしているのは、冒険者としての誇りだ。
「……人の心を読む『他心通』の知里。ならば、すべてを知っていてもおかしくはないか……。話が早い。その記憶、覗かせてもらいます」
ラーの掌が知里の頭部を狙い、強力な魔法を発動させる。
(――〝逆流〟がくる!)
知里は身構えた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「12月8日はジョン・レノンが撃たれて亡くなった日だ」
「『ボヘミアン・ラプソディ』名曲ですわねー♪」
「おい間違えるなエルマよ。それはビートルズじゃなくてQUEENのフレディ・マーキュリーの曲だろ」
「ジョン・レノンといえば『イマジン』や『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』などが有名よね」
「小夜子さんはリアルタイム世代ですか♪」
「まさか! ビートルズはわたしが生まれた頃に解散してたし」※1970年解散
「でも英語の先生とかでビートルズ、特にジョン・レノンが好きな人いたよね」
「知里の世代でもいたの?」
「『WOMAN』の歌詞を和訳して授業してた教師がいたり。指導要領に沿ってたかどうかは知らないけどさ……」
「まあ……ともかく、ジョンのファンは一家言ある人が多いよな。ていうか、年配の人が個人で経営してる喫茶店とか居酒屋ってビートルマニア率が高いような気がする」
「次回の更新は12月11日を予定していますわ♪ 『HELP! 俺たちはアイドル?』お楽しみに♪」




