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520話・賢者ヒナVS法王ラー・スノール1

 ◇ ◆ ◇


「……執政官メルトエヴァレンス。心臓の鼓動が早まっているようですね」


 法王ラー・スノールと、転生者で勇者自治区のナンバーツー、ヒナ・メルトエヴァレンス。


 互いに魔道を得意とする者同士。しばらく距離を保ったまま、どちらが先に仕掛けるでもなく睨み合っていたが、沈黙を先に破ったのは法王だった。


「やましいことを隠そうとするとき、人はそのような音を出します」


「……さすがは〝地獄耳〟の法王さま」


 ラーはその優雅な手を片方、ヒナの心臓へ向けて差しだすと、掌を上に向け、もてあそぶようにして光の球をつくった。


 魔力消費の少ない、ほんの魔道の初歩にすぎないエネルギー弾だ。


 軽くヒナに放つ。


「……!」


 ――閃光――!!


 射線上のテーブルや椅子が、高温に融ける間もなく一瞬で消し飛ぶ。


挿絵(By みてみん)


 爆風が逆巻き、湖上の浮島であるこのパーティー会場全体が激しく揺れ――ることは、だが、なかった。


「なんて魔力! だけど!」 


 ヒナが先に反応していた。


 ラーの放った光弾は、超高度の解呪によって一瞬でかき消された。


 彼が放つ直前、とっさに手に持っていた小型の棒、タクトを宙に放り投げ、パチンと指を鳴らしたヒナ。


 常人ではありえない対応だった。


 タクトはヒナにとっての魔力補助具。賢者の杖。


「とんだ御挨拶だったわね!」


「さすがは勇者パーティの賢者。反応が速い」


(──回避でも反射でも吸収でもなく、解呪したな。反撃はなしか……。好戦的な人物ではなさそうだ。噂通りだな)


 ラーは相手の反応を見て、その戦闘スタイルや戦闘時の性格などを探る。


(しかも、周囲へ被害が及ばないようにしている)


 とっさの行動には、その者の本質が出る。


 そんなヒナと法王の小競り合いを、勇者トシヒコは、やや距離を置いた場所から見ていた。


 止めに入るでもなければ、加勢するでもない。


「お子様だねぇ」


 興味がなさそうな素振りをしているが、勇者は法王の意図を察している。


「小僧め。ま、せいぜいヒナちゃんに遊んでもらいな」


 トシヒコはあえて小声で言い、ラーを煽った。


 たとえ小さくつぶやいたとしても、「小僧の〝地獄耳〟なら聞き取れるだろう」ことは、もちろん計算の上だ。


(俺様の手の内、簡単には明かしてやるものか)


 最後にトシヒコは、聞こえないように心の中でつぶやく。


 ラーの頬がわずかに上気した。


「……勇者殿は、自分が手を出すまでもないとおっしゃる」


 深く息を整え、ヒナを見据える。


 ヒナはもちろん、そんな勇者と法王の〝牽制のし合い〟には気づかない。


 彼女はまっすぐにラーを見て、説得を始めた。


「よしましょう、法王さま。ヒナには法王さまと戦う理由がないわ。これは誤解だと思う。話し合えば、きっと分かり合えるはずよ」


 彼女は両手を肩の高さに上げて掌を見せ、〝降参〟のポーズをとった。


「無意味な戦いはやめましょう」


「……嘘だな。〝虚偽感知魔法〟に反応がある」


 ラーは冷たく言い、今度はレーザーカッターのように精密な照射をヒナに浴びせた。


 ヒナは間一髪でこれも解呪する。


(……また解呪のみか。反撃しないのは分かったが、弱体化の呪文(デバフ)さえかけてこないとは)


「えっ? ヒナのどこに嘘があったっていうのですか?!」


 ヒナの動揺を示す心拍数は乱れっぱなしだ。


「〝誤解だと思う〟というところか。暗殺者に思い当たる節があるのではないか」


「…………」


 ヒナに言葉が出なかったのは、誤魔化すことが苦手な性質であるためだ。


 彼女に狡猾さはない。前世は日本の芸能人だったが、表裏がなく、理想をもって生きた純粋な女性だった。


 転生後の勇者パーティにおける戦いでは、たとえ相手が魔物だろうとフェアプレーを好んだ〝正義の人〟。あらゆる魔法を使いこなす賢者でありながら敵の弱体化につながる呪文(デバフ系)を使うことを好まない。


 今は政治家としてときに打算的な判断をするとしても、最後に話し合えば必ず分かり合えるということを信じている。


「法王さま。話せばわかりますよね」


「話せば分かりますとは?」


 ラーは首をかしげた。


「話すことによって、必ずお互いが十分に、立場の違いさえ超えて、余すところなく納得し合える……とでも?」


「ヒナや直行たちに、殺意なんて……ガルガさまの暗殺意図なんて、なかったんです! 信じてください」


「ああ、わかっている。それはすでにロンレア領主のナオユキとやらに直接聞いたし、〝虚偽感知魔法〟の反応も曖昧だった。なぜ曖昧だったのかは、己の心に問えば分かるだろう。そなたらが暗殺者を野に放ったとき、殺意の有無にかかわらず、最初から、兄がこうなる可能性が無ではないことを承知していたからだ。……話は以上だ。もうよいな?」


「ちょっと待ってください!」


王笏おうしゃくよ、いでよ」


 ラーは話を打ち切るように、魔導杖『四界竜王の王笏』を召喚した。


 それは法王庁が誇る門外不出の秘宝だった。


「魔王を討伐した勇者パーティの賢者ヒナ。あなたは英雄だ。打ち倒すには、最高の敬意を払わねばならない。この王笏をもって、現法王より最高位の神罰を下す」


 そうはいってもラー個人は神など信じていないし、この戦いの後は法王庁を追われる身であることを知っている。


 ただ、ヒナは魔王を撃ち滅ぼした英雄のひとり。最高の敬意をもって戦いに挑みたいというのは本音だった。


(この魔導杖ならば、全力で魔力を放っても壊れはしないだろう)


 ラーのような最高位の魔導士ともなれば、生半可な術具では使い手の強大な魔力に耐えきれず、術具の方が壊れてしまう。


 さらにその奥には勇者トシヒコらが控えている。彼らがいつ参戦してくるか分からない。


 一対複数の勝負となった場合、全力で戦わなければ勝ち目はないかもしれない。


 ラーが対人戦で全力を出すのは、これが初めてだった。


 お忍びで何度か冒険者の一行に加わり、強い魔物と戦ったことはあったが、実力が拮抗した人間との戦闘経験はない。


(──伝説の勇者一行に、自分の力がどこまで通用するのか)


 楽しむようなラーの表情は、勇者トシヒコに言わせれば「小僧」「お子さま」そのものだったかもしれない。


 ヒナはそんなラーの表情を伺っていた。


 地位にそぐわぬ年齢であることは間違いないが、ヒナにはその表情は年相応であるようにも思えた。


「兄に託されし最期の言葉、わが行動を持って示す」

  

 そう言って、法王ラー・スノールは魔術詠唱に入った。


挿絵(By みてみん)

次回予告

※本編とはまったく関係ありません。


「前回はウソ予告を止めると言いながら、結局またウソ予告で押し切ってしまったなエルマよ」


「直行さんだって『小夜子さんのダイナマイトバディ』とかなんとか。知里さんに失礼じゃないですか♪」


「お嬢。あたしに話を振らなくてもいいじゃん」


「11月30日はシティズ・フォー・ライフの日だそうですわ♪」


「ごまかすなエルマよ。しかもそれって世界500都市以上で行われる死刑廃止運動の日だろ。センシティブな問題をテキトーにブッ込むなよ」


「……死刑制度の是非なんて、結局のところ、その時代ごとの価値観でしかないと思うよ。江戸時代の人に切腹や打ち首獄門がいかに非人道的だと問うたところで、当時では誰も聞く耳持たないでしょうし、地球が滅亡される日に、死刑執行される人はいないでしょう。たぶん……」


「知里さんまでセンシティブな問題に安易に首を突っ込むなって!」


「ていうか直行、アンタいま、まさに死刑執行中じゃない? どうすんの」


「次回の更新は12月4日を予定しています。『ゴメンね! やっぱ続けるよウソ予告』の巻。結局ウソ予告でゴメンね」

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