519話・その頃クロノ王国陣営では
◇ ◆ ◇
法王ラー・スノールと勇者自治区の執政官ヒナ・メルトエヴァレンスの魔力戦が、いざ始まろうとしていた、そのとき──。
「撤収だぁ! 皆の者! 飛空艇に乗り込め!」
クロノ王国のエリアでは、船上パーティー会場からの〝撤収作業〟が始まっていた。
ガルガ国王の側近集団〝七福人〟のひとり、隻眼の武人グンダリが声を張り上げ、指示を飛ばす。
彼に導かれてアニマ姫を護衛しながら、国王の側近や近衛騎士たちが次々と飛空艇に乗り込んでいく。
だが、船上パーティー自体はまだ、終わってはいない。
クロノ王国席の状況は、闇魔導士ソロモン改が生み出した幻術の結界の内側に隠されている。
結界内でどんな騒ぎが起ころうと、フロアの異なる田舎諸侯たちのエリアには一切漏れていなかった。
湖上にはまだ花火が上がっており、諸侯たちだけでなく勇者自治区の官僚たちも事態の深刻さには全く気付いていない。
すでに〝ガルガ国王の亡骸〟はソロモンによって飛空艇に移され、クロノ王国の紋章旗に包まれ安置されていた。
「法王猊下……」
ソロモンは焦っていた。
法王ラーと賢者ヒナの視線がかち合い、2人の間に強大な魔力がうねっている。
まだ戦いになってはいないものの、一触即発の状態だった。
「おいソロモン、お前も早く乗り込め。ありゃヤベーぞ」
そこへ、おおかた撤収作業を済ませたグンダリが駆け寄ってきた。
「あのヒナとかいう女。魔王を討伐した〝勇者パーティ〟の賢者なんだろ?」
「ああ。法王対執政官。当代きっての賢者同士の対決だ。どちらに軍配が上がるのか……」
「はァ? 法王さんが賢者ってか? おまえって意外と恐れ多いことを言うんだな。まぁ、あの方が冒険者だったら間違いなくそうだろうがね」
「……??……グンダリよ、そなた本当に気付いてはおらぬのか?」
「何に?」
(――あのとき、猊下や〝クソ猫〟とパーティを組み、ともに遺跡探索をしたではないか……)
「いや。何でもない」
「だがな。いくら法王さんでも、あの女賢者と〝クソ猫〟を同時に相手にするのは厳しいだろうよ。ソロモンお前知っていたか。ウワサによると、あのクソ猫の正体は……」
「……〝ヒルコの化身〟ではないかという噂のことだな」
「おうよ。しかもあの異界の女どもは仲間同士だというぜ。共闘されたら手に負えねえな……」
法王の能力は十分に承知しているが、不安が拭えない。
〝法王の密命〟を胸に、幻術でガルガ国王の逝去を全力で隠し続けるソロモンの手が震えていた。
「法王さんも難儀だぜ。たとえあの女どもを打ち負かしたって、勇者トシヒコを筆頭に英雄の連中が黙っちゃいない。次々にくるだろ」
法王には1人対多数の孤独な連戦が待っている。
ソロモンは唇を噛み締めた。
(──いまこそラー・スノール様をお助けして、父子二代にわたる〝呪われた因縁〟を絶つ!)
「グンダリよ。吾をこの場に置いて、そなたは飛空艇で退去せよ」
「はあ?」
ソロモンは覚悟を決めると、グンダリに背を向け、気配を殺して法王たちのいる場所へと向かって行った。
「――お、おいっ。どこ行くんだよソロモン!」
「吾は助太刀いたす!」
◇ ◆ ◇
撤収作業をほぼ終えた近衛騎士たちが、ソロモンの不在に気づいた。
「おいおい。気のせいか幻術のベールが薄まってないか……?」
「そうだな。万が一消えてしまったらどうする。わが王国の一大事を田舎諸侯らに悟られてしまうぞ」
「ソロモン殿がいない。任務を放り出して、どこに向かわれたのだ?」
彼らの離陸を幻術によって覆い隠す任を負った魔法相ソロモン改。
突然姿をくらました理由が〝法王の助太刀〟であることなど、近衛騎士たちは思いもしない。
「よい。ソロモンなど捨て置け。やはり〝七福人〟などしょせんは野良犬の集まり。当てにはならぬ。アニマ姫さまをお守りし、出立するぞ」
近衛騎士たちはそう吐き捨てた。
◇ ◆ ◇
「……おいおい。どうなってんだこりゃあ」
一方、ソロモンを追ってきた隻眼のグンダリは、そのスキル〝未来視〟を発動して、法王と睨み合うヒナや、〝クソ猫〟知里を観察した。
「……今は法王さんが女賢者やクソ猫と睨み合っているが……」
続けて〝未来視〟を発動すると、その数刻先の光景が見えた。
「!! おいおいソロモン、本当に参戦するのかよ! あいつ正気か?!」
だがグンダリは大雑把な男なので、〝未来視〟を細かく使いこなすことができない。
いま見えた映像が〝砂時計何回転分〟の未来なのか、しかも、同時にいくつも映像が見えたとして、見えた順序がどれが先でどれが後なのか、正確な〝時間の流れ〟を把握することが、彼には全くできなかった。
しかし、それでもただならぬ展開を見たグンダリは、ただちにネオ霍去病のもとへ戻り、詰め寄った。
「おい! 法王さんは、女賢者、さらにあのクソ猫と一度にやり合うつもりらしい。それにウチのソロモンの奴が参戦するようで、ちと悲惨なことになりそうだ」
「何だと……!?」
それを聞いたネオ霍去病は、ただちに特殊能力『宿命通』を発動させる。
彼の「過去を見る」能力は、人や物に限定される。ターゲットまでの射程も長くはなく、より遠い過去を見通すためには直に触れなければならない。
「グンダリよ。貴様は引き続き〝未来視〟で見えたモノを教えろ」
「おう。けどよ、俺の未来視はふつう、砂時計1回分が限度だ。それ以上先の未来となると、狙って見ることができねえ」
「フン。使えない奴よ」
霍去病は『宿命通』によって、先ほどの法王とガルガ国王、そして直行たちとのやり取りを盗み見た。
(──法王に〝真相〟を知られたら困るな)
「もう待てぬ。限界だ。引き揚げるぞ。ソロモンなど捨て置け。勝手な行動をとった罰だ。パタゴン・ノヴァとグンダリにはしんがりを任せる」
そう言い残し、ネオ霍去病はさっさと飛空艇へ戻っていった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ソロモンを見殺しには……」
だが急に、グンダリのスキル〝未来視〟が発動し暴走しはじめた。
「目が痛え……。ここに来てからというもの、このスキル、頻繁に暴走しやがる」
グンダリは、制御不能となった〝未来視〟に戸惑い、右目を押さえた。
「なんだこの未来は? 女賢者メルトエヴァレンスが踊ってんのか? あの女、踊りながら魔法を使うのか! ソロモンの奴はまだ現れていない……とすると、さっきよりも直近の未来か? ……ええい、ややこしい!」
グンダリが見た〝未来〟には、二十数本のタクトを自在に操り、法王を追い詰めるヒナが、軽やかに舞う姿があった。
魔術の素養がないグンダリでさえ、ヒナの繰り出す攻防一致の全距離からの魔導砲の鮮やかさには舌を巻いた。
「女賢者の攻撃、ハンパねえぜ。しかもいいケツしてやがる」
彼女とは公の場で2、3度会ったことはあるが、挨拶を交わした程度だった。
もちろん魔王討伐軍のナンバーツーで、英雄と呼ばれていることを知ってはいたが、実際の戦闘を見るのは初めてだ。
クロノ王国内で彼女に対抗できそうな魔導士は……確かにソロモン改くらいしか思い浮かばないが……。
「……って〝クソ猫〟が動きやがった!」
だが、次々と脈絡のなさそうな映像がフラッシュバックのように現れ、切り替わる。
どれが先でどれが後で、何呼吸先の出来事なのかさっぱり分からないが、グンダリが動かなければソロモンが不利な状況となりそうなのは確かなようだった。
「ええい! 面倒くせえ! 俺も出るぜ! クソ猫は俺が始末してやらぁ!」
〝未来〟をチラ見した武人グンダリは、蛇腹剣を打ち鳴らしながら現場へと向かう。
一方、〝現在〟の時間軸では、執政官ヒナ・メルトエヴァレンスと法王ラー・スノールの〝賢者対決〟の火蓋が、切って落とされようとしていた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「11月27日はノーベル賞制定記念日です♪ ノーベル賞と言えば、ダイナマイトですわ♪」
「それがエルマよ。読者の方から質問でな。『次回予告なのに〝本編とはまったく関係ありません〟というのはどういうことですか?』とのことだ」
「えっ? 直行さん♪ そんな質問が来たのですか♪」
「厳しい質問キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!。だけど、次回予告ネタはそういうものだと思ってたから……どうしようね」
「ねえ知里。やっぱりウソ予告が良くないんじゃない? だって前回『エルマの新・五穀豊穣記』ってタイトルだったよね?」
「確かに次回予告でタイトル詐欺はよくないよな」
「では本気でいきましょう♪ 次回の更新は11月30日を予定しています♪ 『ダイナマイトでウソ予告! 小夜子とヒナの全裸デスマッチ』お楽しみに♪」
「小夜子さんのダイナマイトバディが見られるのは『恥知らずと鬼畜令嬢』だけ! 次回もお楽しみに」




