51話・エルマからの伝言
聖龍法王庁・神聖騎士団・飛竜部隊。
彼らに半ば連行されるような形で、エルマは法王庁の聖都へと消えていった。
「全員、無事か?」
取り残された俺たちは、負傷者の安否確認と積み荷の整理を済ませた。
一刻も早く行動しなければならない。
エルマが残してくれた神聖騎士団との経緯をメモした外套も忘れずに回収しておかないとな。
あと、食べ損ねたお弁当も大急ぎで食べておこう。
それにしても、犠牲者が出なかったのは奇跡だと言える。
小夜子の連れてきた回復役の少女ネフェルフローレン=ネンちゃんの力は素晴らしい。
神聖騎士団との押し問答の最中にも、隠れた布の下でずっと治療に当たってくれたようだ。
命にかかわるような重傷者だったレモリーもネリーも、すでに立ち上がって行動できるまでに回復していた。
「はい。ネフェルフローレンさま、このご恩は忘れません」
「吾輩を冥界から呼び戻してくれてありがとう……」
「ど、どういたしまして……ええと、ええと。こういう時、どうしたらいいの?」
大人2人に礼を言われて、ネンちゃんはどうしていいか分からずに真っ赤になって戸惑っていた。
小夜子は、満面の笑みで少女の頭をなでている。
俺も礼を言っておこう。
「ネンちゃん、みんなを助けてくれてありがとうな」
「えへへ、どういたしまして」
さて、現時点のメンバーを確認しておこう。
まずはロンレア家の従者であるレモリーと、居候の被召喚者である俺。
護衛に雇っていた冒険者3人組、ボンゴロ、ネリー、スライシャー。
意外と言っては失礼だが、彼らは命の危険を顧みず、責任をもって戦ってくれた。
報酬は後で上乗せしてやらないとな。
「護衛の3人は、逃げ出されても文句の言えない報酬だったのに、助けてくれて感謝する」
そして行きつけの酒場の常連だった凄腕の冒険者『頬杖の大天使』こと魔王討伐軍・選抜メンバーの元エースだった零乃瀬知里。
たまたま紹介料を前払いしていたことが功を奏し、いいタイミングで現場に合流して絶対的なピンチを救ってくれた。
知里の紹介で知り合うことができた巨乳大胆ビキニアーマーの八十島小夜子と、彼女が連れてきてくれた天才回復少女のネンちゃん。
偶然が重なり、縁に恵まれて、俺たちはどうにか死者を出さず、積み荷も守り通すことができた。
エルマの離脱は痛いが、他に(血の流れない)方法はなかった。
「知里さん、本当にありがとう」
「いいよ、そんな改まって。それより、この場を離れよう。エルマお嬢ちゃんからの伝言を伝えるから、〝勇者自治区方面〟に馬車を走らせながら、聞いて」
「ちょっと待った。俺は〝責任をもって邸宅で荷物を預かる〟と言ったはずだが」
いぶきには悪いが、この取引はいったん停止する。
馬車の進行方向は、旧王都であるべきじゃないのか……?
しかし、知里は改めて首を振った。
「この中で御者ができる人は?」
「へい! 馬のことなら義賊スライシャーにお任せください」
「はい。私も大丈夫です」
「金髪の姐さんには静養が必要だから、盗賊、アンタ頼んだわよ」
馬にまつわることは盗賊スライシャーが器用にやってくれる。
1頭立てで積み荷を運ぶのが大変ならば、俺たちは荷台を降りて歩いてもいいだろう。
さらなる敵襲が怖いところではあるが、小夜子が強力なバリアで守ってくれるので問題ない。
後詰は戦士ボンゴロが担当する。
問題なのは勇者自治区の髪結い師を名乗る、取引相手で被召喚者の神田治いぶきだ。
彼は先ほどまでの神聖騎士団との戦闘で、何度か物騒な発言や軽率な行動をしている。
少なくとも俺は、全幅の信頼は置けないと思っている男だ。
そんないぶきは何事もなかったように、ホバー式のキックスケーターで馬車の中空を並走している。
◇ ◆ ◇
周囲を警戒しながら、俺たちは〝勇者自治区〟を目指した。
年少のネンちゃん、体力回復中のレモリーとネリーが馬車の荷台に座り、俺たちは徒歩だ。
知里はホバークラフトを自動操縦に切り替え、進行方向とは逆にベンチのように腰かけてこちらを向いている。
ちょうど俺たちと向かい合った格好で、エルマからの伝言を話し始めた。
「あのお嬢ちゃんがあの時、心に思ってたことを伝えるわよ……」
知里は少し照れくさそうに咳払いをした後、エルマの口調をマネして言った。
「〝あたくしは法王庁で釈明をするつもりですが、どう転ぶか分からない以上、あたくしの解放を待つ必要はありません。とっとと6000万ゼニルをゲットして、借金を返してしまいましょう♪〟」
俺は眉をひそめた。
「エルマ本人がさっき言ってたのと、違う内容だな」
その話が本当なら、法王庁を騙すことになりかねない。
俺は並走している、神田治いぶきの方を見た。
売却先であるいぶきはキックスケーターの速度を調整して、空中で話を聞いている。
「僕としては手っ取り早くこの商談をまとめられるのでウェルカムですが」
いぶきの意見をスルーして、知里は話を続ける。
「〝あたくしとしても父親が崇拝する法王庁を騙すようなことはしたくはないけれども、返済期限が迫っている以上やむを得ません。直行さんの呪いのこともありますしね♪〟」
「まあ、確かに」
「……呪い? 何それ?」
小夜子が不思議そうに口をはさんだ。
「詳しいことは俺も分からないけど、俺を召喚する時の代償だか何だか……」
俺は、エルマに言われた『失敗したら死ぬ』という呪いについて話した。
「わたしも『被召喚者』だけど、そんなのは聞いたことがないかな」
小夜子は首をかしげているが、当事者である俺としては気がかりだ。
それに、彼との取引を反故にすれば、エルマの実家・ロンレア伯爵家は借金を返せずに、財産を没収されてしまう。
「エルマからの伝言を続けるわ。〝直行さんは、ややこしいことは考えず、とっととマナポーションを売りさばいて下さい♪ 返済先の商人については、レモリーに任せてください〟だって」
「はい。わたしが承知しております」
馬車の荷台で大人しくしていたレモリーが口を開いた。
俺は彼女を見て、静かにうなずいた。
「〝優先すべきは、当家の借金の返済と差し押さえの解除。そうすれば直行さんは自由の身ですわ♪〟」
言われてみたら、他に選択肢はないように思えた。
自由の身、と言われても俺にはピンと来ないけどな。
込み入った話は、勇者自治区に入ってからだな。




