517話・託された者として
「魚ちゃん! いまネンちゃんが治してくれるからね!」
「……うウ」
小夜子は魚面を抱きかかえながら、電光石火のスピードで法王ラー・スノールの元から離れていく。
魚面はずり落ちた臓物もろとも、小夜子の腕の中。痛みと失血で意識が混濁しており、言葉にならないうめき声を上げている。
「……勇者パーティの女戦士か」
ラーが小夜子を一瞥してつぶやいた。
助けを求めて各勢力に懇願して回っていた彼女の行動は把握していた。
だが、まさか勇者パーティの主力メンバーが直接飛び込んでくるとは。
「己の立場を顧みないのか。勇者殿は、お仲間の勝手な行動に甘いようだな」
しかも小夜子が連れ去ったのは、暗殺者集団・鵺の関係者だと思われる女だ。
「勇者は暗殺に関与していないと言い張っていたが……こうなっては分からないな」
いくら今の自分が法王庁から何らかの処分が下される身の上だといっても、公然とあのような行動をとられては、勇者自治区による犯行が疑われても仕方あるまいとラーは思う。
「女戦士は、どこまで兄上の暗殺に関わっているのだろうか……」
ガルガ国王を暗殺した〝透明の蛇〟が属していた暗殺者集団〝鵺〟。
暗殺事件の黒幕を探るため、〝地獄耳〟とも呼ばれる特殊能力『天耳通』によって関係者の鼓動や呼吸の乱れを探っていたラーは、その中心に直行の存在があることを確信していた。
ガルガ国王に異変がみられた直後、魚面が『毒魚』という殺害方法があると直行に話していたのを、確かにラーは聞いた。
だから見せしめとして、〝重要参考人〟魚面の腹を捌き、直行の反応を見たのだ。
ところが、たった今、その魚面が勇者トシヒコのパーティメンバーである小夜子によって連れ去られた。
当然、トシヒコら勇者自治区の関与が疑われても仕方がない。
小夜子としては、重傷の友人を放ってはおけないという、居ても立っても居られない個人的な感情に基づく行動だったのだが……。
公の立場を重んじるラーは、そうとは受け取らない。
「……ネンちゃんお願い!」
小夜子が向かう先には、超絶回復魔法の使い手であるハーフエルフの少女、ネフェルフローレンがいた。
そして、その傍らには少女を保護するように立つ知里の姿があった。
知里がラーを見据えながら、小夜子とネンの合流を守るように前へ出る。
ラーの表情が曇った。
「知里……。貴女と戦うつもりはないが、割って入る気ならやむを得ない」
ラーは知里から直行へと視線を戻す。
「いずれにせよ、あの〝恥知らず〟こそ渦中の人物。捨て置けない」
標的はあくまでも〝ロンレアの恥知らず〟直行だ。
直行は腰が抜けたのか、しばらくラーの前でうまく動けないような恰好をしていたが、レモリーに体を支えられ、なんとかその場から逃れようとしていた。
(直行がやばい! 法王さま殺気マシマシだ!)
知里はいち早く、ラーの攻撃意図を読み取った。
ラーの射線を切ろうと、闇の翼で直線的猛スピードで駆けつける。
当然、法王も彼女の妨害を想定している。
ラーの魔法攻撃が早いか、知里の妨害が早いか。
(一撃がくる。筋は読めてる。単純な詠唱速度の勝負!)
「知里。やはり妨害すると?」
直行の背中から心臓を貫こうと、光弾を撃つと同時に、ラーが知里を見た。
「あたしは今、用心棒として雇われた身。依頼主を守る責務があります」
知里は闇魔法の盾で光弾を遮った。
「え……?」
何が起きたのか、直行には分からなかった。
背後にまばゆいエネルギー弾が迫ったかと思うと、遮るように現れた黒い影の渦に吸い込まれ、打ち上げに失敗した花火のように虚空に消えた。
「いけない! 直行くんを助けないと!」
魚面を庇いながら、ハーフエルフの少女に回復魔法を唱えさせていた小夜子が叫ぶ。
だがラーとて当然、知里の〝他心通〟は対策済みだ。
初撃は読ませて油断させておきながら、隠して放った追尾弾に、魔力操作を加えて直行を狙った。
「いいえ! させません!」
とっさに直行を庇ったのはレモリーだった。射線に体を投げうつようにして直行を守ろうとした。
土の精霊術で盾をつくろうとしたが、ラーの光弾に間に合わず、直撃を受けた。
光弾に弾き飛ばされた彼女は、まばゆい光に焼かれ床に転がった。
「レモリー姐さん!」
知里が飛び出して、レモリーを抱きかかえる。
たった一撃で、レモリーはほぼ戦闘不能の重傷を負った。
「女を盾にするとは二つ名の通りだな。ロンレアの〝恥知らず〟よ」
「レモリー!!」
顔面蒼白でレモリーの傍に駆け寄ろうとする直行の足を、法王の鋭い光刃が狙う。
しかし、寸でのところで小夜子が介入し、その無敵の障壁で直行を守った。
もし一瞬でも対応が遅れていたら、直行の両足は床を踏みしめていなかっただろう。歴戦の戦士である小夜子でさえ、二度とはできない奇跡的なタイミングだった。
「どうして……どうして法王さまは、無関係な人たちに暴力を振るうのですか! そんなの偉い人のやることじゃないですよ!」
小夜子が泣きながら叫ぶ。
「稚拙な言い分だ。歴戦の女戦士とも思えぬ。そなたは本当に知らぬのか」
ラーは落ち着き払っている。
「ロンレアの〝恥知らず〟が、わが兄、ガルガ暗殺の首謀者であることを……」
そして自身の能力『天耳通』を発動し、小夜子に照準を合わせた。
彼女の息遣いや心音、筋肉の収縮や弛緩に至るまで、彼の耳は聞き逃さない。
「あ、マズいお小夜……」
知里が息を呑んだ。
さらに最悪なことに、ヒナ・メルトエヴァレンスが、小夜子と対峙する法王の姿に気づいたのだ。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「11月20日はピザの日ですわ♪」
「あれ? お嬢、チーズはこないだやらなかったっけ?」
「この前はチーズの日♪ 今回はピザの日ですわ♪」
「11月20日はピッツァ・マルゲリータの名前の元になったイタリアのマルゲリータ王妃の誕生日に因んでピザの日らしいな」
「ピッツァ・マルゲリータって何? わたしミックスピザとピザトーストしか知らないわ!」
「マルゲリータはモチモチで柔らかいナポリスタイルの生地に、トマトソース、モッツァレラチーズ、それと生バジルの葉をトッピングすれば出来上がりだ」
「赤、白、緑の色合いがイタリアの国旗を思わせるわねー」
「直行さんは他にもおススメのピザがあるんですよね♪」
「明太もちピザだな。市販のチルドピザにもちと明太子をトッピングするだけでも十分美味いが、ゴーダシュレッドチーズなんかを追加すればボリュームたっぷりだ」
「あたくしはポテトとマヨとコーンを追加でお願いしますわ♪」
「美味しそう。他にはどんなピザがあるの?」
「お小夜、書き切れないくらいあるよ。大きく分けてトマトソース系とそうでない系に分かれるし。たとえばクアトロ・フォルマッジはいわゆる4種のチーズで、トマトは使わない系」
「4種類もチーズを使うんだ」
「モッツァレラ・ゴルゴンゾーラ・パルミジャーノ・ゴーダチーズの4種類。ゴルゴンゾーラのアクセントが大人の味ね。ワインに合うわよ」
「次回の更新は11月23日を予定しています♪ 『恥知らずタイトル変更のお知らせ・「もうピザ談義でいい」の巻』お楽しみに♪」




