516話・法王の静かなる尋問
※今回は三人称でお送りします。
「消えた……?」
致命傷を負ったはずの魚面の姿が消えた。
彼女のいた場所には、血だまりだけが残されている。
直行は慌てて法王ラーを見た。
(まさか、また法王がやったのか――!)
だが、その法王もやや意外そうに視線を動かしている。やがて彼の視線が、猛スピードで遠ざかる小夜子の背中をとらえた。
気を失った魚面を抱えて、小夜子がこの場を脱出していく。
「勇者パーティの女戦士か……」
法王がつぶやいた。
◇ ◆ ◇
その一部始終を、少し離れた場所から見ていた知里は絶句した。
「法王さま、マジでヤバい」
知里はかつて、その正体が身分を隠した法王だと知らずに、古代遺跡探索で彼とパーティを組んだことがある。
その事実は、直行にも伝えていない。
だから今回、知里が法王直々の客人として招かれた理由を、誰も知らない。――旅中たまたま見咎められたひとりを除けば。
「本気を出されたら、手に負えないかも……」
知里はラーが直行のことを疑っているのを、スキルで心を読んで知っていた。
そのために攻撃的な方法を取ろうとしているところまでは読めたが、殺意は感じなかった。
しかし、標的を魚面に変えて、とつぜん魔力の刃で腹を搔っ捌いた。
ここまでしておいて、ラーからはまだ殺意を感じない。
それどころか、浄化魔法を重ね掛けし、魚面が敗血症を起こすのを防いでさえいる。
知里は、遠くに勇者トシヒコと賢者ヒナの姿を見つけると、彼らのもとへ走った。
ヒナが小夜子を追って飛び出そうとするのを、トシヒコが抑えているところだった。
「トシ、止めないで! あの人、ママのお友達なんだよ! ヒナなら治療してあげられる……」
「ヒナちゃんダメだよ。ここで自治区の執政官が、暗殺組織の一員だった者を治療するのは問題だよ」
「だって……そんな」
「あの小僧、ぼっちゃん育ちの法王のクセにエグい拷問を知ってやがるんだ。まったく、どこで覚えたんだか……」
「どういうこと?」
ヒナが聞き返したが、トシヒコは肩をすくめただけで説明はしなかった。
走ってきた知里をチラリと見る。
「魚面には悪いが、もうあの小僧は何やら腹を決めちまったらしい。仕方ねえよ……」
トシヒコは首を横に振りながら、ヒナの肩に手を置いた。
「…………」
いつもなら〝セクハラ〟だとしてトシヒコの手を振り払うヒナも、そのままにさせていた。
◇ ◆ ◇
知里は当事者たちの心を読みながら、考えていた。
魚面は知里にとっても親しい存在だ。どうにかして救いたい。
しかし下手に自分が介入すれば、事態がややこしくなる。
トシヒコの言う通り、ラーは魚面を拷問しながら、直行を問いただしていた。
魚面に対する攻撃は一見、とてつもなく残虐に見えたが、〝透明な蛇〟がやったのとは違って内臓そのものを傷つけてはいない。腹部大動脈への損傷も避けられていた。
腸がずり落ちてグロテスクに見えたが、ラーは気づかれないように浄化魔法と回復魔法を弱くかけることで、生命を維持させている。
遺体を見慣れていない〝現代人〟の直行を脅すことが目的だ。
もちろん、その気になればすぐに絶命させることはできるだろうが、いまのところ法王から〝殺意〟を感じない。
「魚ちゃんはまだ大丈夫。だけど直行の処遇はヤバそうね……」
それと、もうひとつ。
知里の頭の中には、さらに重大な懸念があった。
(ヒナとお小夜は、暗殺犯が〝透明な蛇〟だったことに、まだ気づいていない。あたしも含めた3人で〝蛇〟と戦ったことを、法王さまは知らない)
おそらく、ガルガが蛇を斬った〝決定的な瞬間〟を見ていなかったのだろう。
(お小夜は〝蛇と直行の密約〟の現場に立ちあってるし、ヒナなんて旅立つ蛇に餞別まで渡してる……)
この事実を法王が知ったら、事態はさらにややこしくなり、もはや収拾がつかなくなるだろう……。
知里は頬に手を当て、大きなため息をついた。
そのとき不意に、心の中で小夜子が自分を呼ぶ声が聞こえた。
(――知里! ネンちゃんを連れてきて。お願い!)
「お小夜……!」
小夜子は英雄と呼ばれるほどの歴戦の勇士だが、情にもろく、助けると決めたらテコでも曲げない性格だ。
いくら知里が法王の狙いや、魚面の傷の状態は見かけほど深刻ではないと説明したところで、聞く耳を持たないだろう。
かつて知里が勇者トシヒコのパーティにいたとき、小夜子は共に魔王領に乗り込んで寝食を共にし、戦った仲間だ。
お互いの性格はよく理解している。
「……分かった」
こうなっては、知里もなりふり構ってはいられない。
ホバーボードは持って来なかったが、闇魔法の黒い翼を使えば、それよりもずっと高速で飛ぶことができる。
「あたしも、友達は大事だからね」
知里は闇色の翼を広げると、床を蹴って飛び立った。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「11月15日は七五三ね! エルマちゃん千歳飴どうぞ」
「3歳なら3本♪ 5歳なら5本♪ 小夜子さん、あたくしは13歳だから13本くださいな♪」
「ちょっと待てエルマよ。節分の豆とごっちゃになっていないか?」
「飴は長ーく伸びるから、昔の人は子供の長寿を祈って、千歳飴と名付けたのよね」
「江戸時代に浅草の七兵衛という飴売りが、細長い棒のような飴を、長寿になる“千年飴”として売り歩いたのが始まりだとも言われてるよな。大阪発祥の説もあるようだけど」
「でもお嬢、そんな長い飴を何本も食べて大丈夫?」
「時間をかけて食べれば問題ありませんわ♪ 途中で飽きますけどね♪ 最近はミニ千歳飴も売られていますわ♪」
「次回の更新は11月19日を予定しています。『千歳飴と人生100年時代』お楽しみに」




