515話・一世一代の嘘
「……」
あまりにも突然のことに、俺は言葉を失っていた。
白を切って、しのげる相手とも思えない。
「暗殺者を差し向けたのは、あなたですね」
もう一度、法王に問われた。
「直行!」
どこか離れた場所から知里が俺を呼ぶ声が聞こえたが、振り向くことができない。
法王ラーが俺の目を真っすぐに見ている。
「………………」
何と答えたらいい。本当のことを言うべきか……。
白か黒で言えば、間違いなく俺は黒だ。
暗殺を生業とする〝透明な蛇〟をそそのかした。
もっとも俺に殺意があってのことではない。
あのとき刺客として現れた蛇に、俺たちの方が殺される側だった。
知里やヒナちゃんの協力を得て打ち負かし、捕らえることができたが、その透明になるスキルゆえに、自領の地下牢で管理するには危険すぎる存在だった。
蛇を持て余した俺は、達成困難な目的を与えて野に解き放つことにした。
それが〝暗殺〟の依頼だった。
矛先を俺たちから、もっと強大な存在へと変えさせた。目先をずらしたのだ。
強大であればそもそも達成不可能だろうと思ったので、対象は「この世界の3巨頭」ではどうかと提案した。
「勇者でも法王でもいい」と片っ端から提案した上に、標的が「ガルガ国王ならありがたい」というふうな言い方をした。折しも、ロンレア領への侵攻の直前だったことも重なった。
蛇は乗ってきた。
俺は「成功することは、まずないだろう」と思っていた。
失敗してもよかった。自ら手を汚さずに、〝蛇〟という危険な暗殺者をクロノ王国に始末してもらえる。そう考えてすらいた。
しかし、まさか成功するとは……。
「………………」
頭の中で〝どう言おうか〟〝何を秘するか〟の堂々巡り。
俺の迷いを見透かしたように、法王ラーはこう言った。
「……答えたくないならやむを得ない」
「!!」
突然、大きな音がして、俺の隣で何かが弾け飛んだ。
俺は生暖かい、何かドロッとしたものを浴びた。
振り向くと、魚面が両腕で腹部を抱えながらゆっくりと膝をつくところだった。
「なっ?」
弾け飛んだのは、魚面の腹だった。
抱えた腕のすき間から、ズルリと臓物が床に落ちる。
周囲には鮮血が飛び散っていた。
理解が追いつかない。
これは、法王がやったのか──?
「〝ロンレアの恥知らず〟よ。もう一度問う。暗殺者を差し向けたのは誰だ」
「やめろ! やるなら俺をやれ! 彼女は無関係だ! 手を出すな!」
「慌てることはない。ここにいる一流の回復術師たちならば、すぐに治療できる程度だ」
「だったらすぐ治してくれ!」
俺は無我夢中で叫んだ。
どうしてこうなるんだ、どうして……。
何度も心の中で繰り返しながら、ほとんどパニックになって俺は法王にひざまずいていた。
「治してくれよ。頼みます……」
法王ラー・スノールは魚面を一瞥した後、また俺を見た。
宝石のような紫色の瞳が、冷たくて恐ろしい。
「この者は無関係ではない。〝鵺〟の者だ。私の耳には聞こえていたぞ。国王陛下の死因を〝鵺〟に伝わる暗殺術『毒魚』であると看破し、お前に語っていただろう。そして、ほかの誰よりも鼓動が波打っていた」
「……違う」
俺は目の前が真っ暗になった。
「法王さま! 魚ちゃんは! 彼女は無関係です! 助けてあげてください!」
そのとき、静観していた勇者パーティから小夜子が飛び出してきた。
電光石火のような速度に、ラーでさえ目を見開いた。
「どうかお願いです法王さま! このままじゃ死んじゃう! 回復を! 回復をお願いします」
小夜子は涙目で懇願するが、法王は表情を変えない。
小夜子と一緒に飛び出してきたレモリーに介抱されている魚面を一瞥しただけだ。
刀に手をかけることもせずに、瞳に涙を浮かべて後ずさる小夜子。
とても歴戦の英雄とは思えないが、その優しさに俺は何度も助けてもらった。
だがそんな慈悲や甘さなどでは、法王の心は微塵も動かないようだった。
「……この者は暗殺者集団〝鵺〟の一員。そして〝ロンレアの恥知らず〟は現在、頭目の〝猿〟を継いでいると聞く……」
法王の声が冷たく聞こえる。
「いや、それは……誤解です……」
俺はさらに口ごもった。
厳密には事実ではなかったが、周囲にそう思わせるような行動を取ったのは確かだったからだ。
ディンドラッド商会を乗っ取るために急襲した際、〝猿〟の仮面を被ってことに及んだ。
万が一の時は「俺じゃなかった」と言い逃れを用意するため、〝鵺〟の頭目を自称したのだが、今回の件ではまったくの逆効果になってしまった。
もう言い逃れはできない。
魚面の状態は命にかかわる……。
心を落ち着かせろ。
俺はこの世界に来て、数々の修羅場をくぐってきたはずだ。
今までの出来事が走馬灯のように思い巡る。
このくらいのことは今まで何度もあった。
そう考えると、ふしぎと気分が落ち着いてきた。
「暗殺者を差し向けたのは誰だ」
ラーが問うたのは何度目か。
もう次はないだろう。
「…………〝蛇〟は、100%返り討ちになると見越して俺が放った。自分の手を汚したくないあまりに、クロノ王国に厄介な敵の始末を押しつけた。それが全てで、他意はない」
俺は腹をくくって、ありのままを答えた。
「〝虚偽感知魔法〟に反応はない。嘘ではないようだ」
法王が冷静に言った。
俺は無我夢中だったので、〝虚偽感知魔法〟の存在がすっぽりと頭から抜け落ちていた。
一世一代の嘘を放っていたら、間違いなくアウトだった。
ラーはそんな俺の動揺と安堵などお構いなしに、次の質問を続けた。
「では、〝七福人〟ネオ霍去病との関係はどうなのだ。彼との間に何らかの協定はあるのか」
「ない。あるものか! 法王さまだって見たろ。あいつはウチのエルマを足蹴にした。異世界だろうと何だろうと、13歳の子を蹴り飛ばして平気な連中とは相容れるものか!」
言うだけ言って、俺は横を向いた。
元はといえば、自分が原因でこの結果を招いたのだが、認めたくなかった。
魚面の傷は、早くどうにかしないと取り返しがつかなくなる。
「………あれ?」
気付くと視線の先には、血だまりだけが、そこにあった。
致命傷を負ったはずの魚面の姿が消えていたのだ。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「11月11日はチーズの日だそうですわね♪」
「どうしてその日がチーズの日なの?」
「日本の歴史上でチーズの製造が確認される最古の記録が、700年(文武天皇4年)年10月(旧暦※新暦では11月)なので、語呂のいい11日をチーズの日としたそうです♪」
「へー。皆はどんなチーズが好き? わたしは雪印6Pチーズ!」
「さすが小夜子さん♪ 日本で一番売れているチーズですわね♪ プロセスチーズですけど♪ 知里さんはどうせ気取ったチーズが好きなんでしょうね♪」
「まあね。燻製スカルモルツァチーズをフライパンにオリーブ油を引いて焼いて食べるとメチャクチャ美味なんだ」
「お、おう……」
「あたくしはクリームチーズにドライフルーツの入ったやつが好きですわ♪」
「お嬢はカッサータ好きなんだ。イタリアのデザートチーズ美味しいよね。直行は?」
「モッツァレラと生ハムのカプレーゼは鉄板だな。あと人を選ぶが、ゴルゴンゾーラにハチミツは黄金コンビだ」
「何それ! 呪文みたい名前がたくさん出てきてチンプンカンプンよ! チーズはスライス! とろけるスライス! 6Pチーズ! それで充分でしょ」
「そうだな。昭和の時代には、気取ったチーズは専門店でないとなかなか手に入らなかっただろうからな」
「次回の更新は11月15日を予定しています。『呪文はスタバだけじゃない!』」




