514話・俺と蛇の約束
※時間を少し巻き戻して、直行視点でお送りします。
「これは……」
俺たちの目に飛び込んできたのは、まるで葬礼のような場面だった。
法王が静かに法衣のマントを外し、赤い長椅子に横たえられたガルガ国王の体にかけている。
やがて厳かな祈りの声が聞こえてきた。
永遠の別れのような、胸がつまる光景。
声を上げて泣く騎士たちもいる。
親子ほど年の離れた老臣たちをはじめ、重臣たちが次々と国王の手の甲に口づけをする。
妹のアニマ王女は国王の胸にすがりつき、嗚咽をこらえているようだ。
「直行さま。……これは」
俺は精霊使いのレモリー、召喚士の魚面、そしてエルフの射手スフィスといった戦闘要員を集めて駆けつけたが、みな驚きを隠せない。
「あレ……影武者じゃナイヨ」
「人の王が息を引き取ったのか……。周りの者たちは今、どんなことを話しているのだ」
エルフの聴力は人よりも優れているとは聞いたことがあるけど、さすがに距離が離れすぎているのか、スフィスにも聞こえないようだ。
というか彼はエルフ族の特徴的な長い耳をターバンで覆い隠し、変装しているのだから仕方ないのだが。
「レモリー。国王が〝いまわの際〟に何を言ったのかが気になる。風の精霊に命じて、重臣たちがいま何を話していのるか、探れないか?」
そんなことを探るのはまるで臨終の言葉を盗み聞きするようで気が引けたが、かの王国が俺たちを侵略する恐れがある以上、キレイごとは言っていられない。
「はい。この通信機で、重要と思われる会話を抜き出します」
レモリーは精霊石で作った通信機を取り出し、重臣たちの会話の盗聴を始めた。
……が、雑音が入ってしまい、よく聴き取れない。
「なんだ、このノイズは」
「はい。これは……妨害? 何者かが……精霊を操って、盗聴を妨害しているようです」
「〝何者か〟って誰だよ。まさか勘づかれたんじゃないだろうな? スフィスはどう思う?」
「あり得るな。なんにせよ、精霊を操っているのはあの法王らしい。珍しいこともあるものだ。エルフでもドルイドでもないただの人間が、精霊を従えることができるとは」
スフィスは何やら感心した様子で頷いている。
「盗聴が法王にバレたってことか? トシヒコさんたちの様子は、どうだ……?」
俺は物陰から会場内に視線を走らせた。
勇者一行は、やや遠巻きに葬礼を見守っている。特に何かをする様子はなさそうだが、緊張感が漂っていた。
ヒナ・メルトエヴァレンスはマイクスタンドのような得物を持ち、小夜子はビキニ鎧に着替えて勇者の愛刀〝濡れ烏〟を背負っている。
ミウラサキも口を真一文字に結んで、クロノ王国の人々の様子をじっと見ていた。
「……エルマは? ヤツはどこにいる?」
俺はせめてあいつだけでも捜しておかないとと思い、周囲を見回したが姿はない。
まさかとは思うが、ヤツのことだ。こういう状況下で「闘犬大会」などをやらないとも言い切れない……。
俺たちはどうすべきか、これから何が起こるのか、まったく見当もつかないまま、息をひそめていた。
今後の動きを見守るしかない……と、そう思ったとき。
「……?」
国王の傍らで祈りを捧げていたはずの法王がいない。
「はい。――法王さまが消えました」
レモリーの声が緊張している。
「あっ、あそこだ」
法王は、不意を突くように、突然トシヒコの目の前に移動していた。
ほとんど瞬間移動のような動きだったが、勇者は眉ひとつ動かさずに平静を保ったまま、ニヤリと笑っている。
ちょうど時を同じくして、通信機が風の精霊が集めた声を拾った。
「……勇者どの。暗殺者を差し向けたのは貴方ですか」
雑音まみれだった通信機がとつぜん明瞭になり、透明感のある青年の声が聞こえてきた。
「暗殺者? ……ってことは、国王様は殺されたっていうのかい?」
トシヒコの返答。
「真相をご存じですね?」
俺とレモリーは思わず顔を見合わせた。
「いーや。ゼーンゼン。こっちが知りたいくらいだぜ」
これは、どういうことだ……。
「あの法王め、こちらに聞かせたい会話のときは、声を届けているようだ」
スフィスが冷や汗をかきながら俺に囁いた。
〝こちらに聞かせたい会話〟?
ってことはまさか、次のターゲットはつまり……。
「……っ!」
そう思った矢先、目の前に人が突然現れた。
銀髪で、額にスキル結晶のような宝石を埋め込んだ青年が、まっすぐに俺を見ている。
遠目の印象よりもずいぶん童顔だ。
あの法王が、いま俺の目の前に立っていた。
瞬間移動してきたのか、超スピードなのかは俺には分からない。
「……知りたいのですね。我が兄の、臨終の言葉を」
そう言い当てられ、俺は心臓が口から飛び出るほど驚いた。
ゾッと、全身が総毛立つ。
「知りたければ教えましょう。そのかわり、ロンレアの〝恥知らず〟に問います。暗殺者を差し向けたのは、あなたですね?」
……果たして俺は、何と答えたらよいのか。
重大な局面に立たされていた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「11月7日は立冬ですわ♪ 二十四節気の19番目♪」
「立冬といえば冬瓜を食べるのよね」
「へえ。あたし食べたことないや。どんな味がするの? お小夜」
「クセのない淡白な感じかな。食感はトロ―ッとして優しいくちどけよ」
「食べたことがないと全く想像できないよな。でも冬瓜って夏野菜だろ」
「夏なのに冬って季節感おかしくないですか♪」
「冬まで持つから冬瓜って言うらしいぞ」
「できすぎたキュウリよりも大きくて食べ応えがありそうですわ♪」
「本当に冬まで持つの?」
「持つかどうかはお楽しみ。次回の更新は11月11日を予定しています」
「だんだん更新が遅くなってきましたわね……」




