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512話・さよなら「ワールドイズマイン」


 命の刻限が迫っていた。


 ガルガ国王は天鵞絨の赤い長椅子に横たえられ、弟ラーの魔力による延命処置を受け続けている。


「……頑健さだけが取り柄だったが、それもこのざまだ」


 ガルガは自嘲した。ズタズタにされた彼の内臓は今、ラーの思念によって形づくられた魔力の臓器によって補われている。


 魔力が尽きれば、命も尽きる。


 ただ魔力に関しては回復薬があるので、国王の延命のためであればいくらでも補給することはできた。


 だが、臓腑の大部分を魔力によって現出させるには並々ならぬ知識と技量を要する上、甚だしい消耗を伴う。


 歴代最高と謳われた法王も生身の人間である以上、限界に近かった。


 ──弟の〝能力〟によって今、自分は生かされている。


 それも、尋常ではない魔力と集中力を要する技術で……。


 ──どれだけ研鑽を積めば、この領域にたどり着けるのか。


 規格外の術師による極限の延命術は、魔法を使えないガルガにとっては驚異としか言いようがなかった。


「そうか……。これほどの才能であれば、王位に就かせたくもなるか」


 弟に対する歪んだ思い。劣等感。


「……まさか兄上が知っておいでとは……」


 ラーは驚き、目を伏せた。


 〝第二王子〟であったラーが出家する原因となった、7年前の廃嫡未遂事件のことは、ガルガ本人には秘されていたはずだった。


 ガルガを廃し、ラーを王位に就けようとした宮廷魔導士たちの謀反のことは。


「……ネオ霍去病だ。奴の『宿命通(しゅくみょうつう)』が、俺に過去の事実を見せたのだ」


「……彼が」


 ラーは背中越しにネオ霍去病を見た。


 その男はつい今しがた、間に入った〝ロンレア伯の娘エルマ〟に罵声を浴びせ、まるでさらし者にするかのように少女の顔を蹴り飛ばした。


 言動が粗野な一方で、ラーの前では慇懃いんぎん無礼なほどにへりくだる。


「率直にお聞きします。兄上、あの男に王国の未来を託すだけの器量があるとお思いですか」


 ラーには決して、兄が心を許すような人物とは思えなかった。


 だがその問いに、ガルガは険しい顔つきになった。


「……弟よ、実はな……。あの男は我々にとって、腹違いの〝兄弟〟なのだ」


「…………」


 驚くよりも先に、ラーの脳裏には亡き父の横顔が浮かんだ。


 父王は決して子煩悩ではなかった。会食などでは同席したものの、自ら妻子に話しかけるような人ではなかった。


 いつも何かに追われるように振る舞っていたのを、幼かったラーは記憶している。


 母親である王妃とも、とくに仲睦まじい様子もなく、勇者の台頭で王国の歴史が揺らぎはじめたことに頭を悩ませていた父。


 ラーが出家するという〝決断〟を打ち明けたときも、特に反対せずに「それがお前の選択なれば、そうするが良い」と言った父。


 〝可もなく不可もなく、清廉潔白な人柄だけが取り柄〟と言われていたが、そんな父が女に子を産ませていたとは、つくづく人間とは分からないものだとラーは思った。


 ──しかし、ネオ霍去病はどうやって自らの出自を知ったのか。


 彼の母親から聞いたのか、あるいは過去が見えるという特殊能力『宿命通』で知ったのか……。


 この世界の貴族や聖職者には、非嫡出子が多くいる。王の落胤を自称する者も少なくない。


 もし偽物であれば、虚偽感知の魔法があるので見破られてしまう。嘘が発覚すればほぼ例外なく死罪。


 本物であっても陥れられる危険性があるので、堂々と名乗る者は少ない。


 ましてや王の子であればなおさらだ。


「……嫡子でなければ王位の正当性はありません」


 ラーはあえて冷たく言った。


 ガルガの嫡子ローゼルと〝異母兄弟〟ネオ霍去病。国王亡きあとの動向が気がかりだ。


 ──とはいえ、国を出た私にはもう、どうすることもできないが……。


 そんなラーの憂いに対し、ガルガは諭すように言った。


「……なあ……俺たちは恵まれて生まれてきたのだ」


 ──話に脈絡がない?


 ガルガの様子が急変したことに気付き、ラーの背筋に冷たいものが走る。


 ──兄上、意識が混濁しているのか……。


 握る手に力を込めた。


 薄れゆく意識の中で──。


 ほとんど声にならない声で、ガルガは語る。


「……だから、そうではない生まれの者たちに機会を与えるため、俺は〝七福人〟を組織し、取り立てたのだ。才能を持つ者に、出自にとらわれずに力を発揮させるために……」


 ガルガの体から、血がにじみ出した。


 魔力によってつくられた臓器が、効力を失い始めているのだ。


 混濁した意識の中で、ガルガはうわ言のようにつぶやく。


「……弟よ。忘れないでくれ。この世界は……」


「……はい」


「この世界は俺たちのものだ。異界人に決して明け渡してはならぬ」


「兄上……」


 ラーは、何と答えたらよいか分からなかった。


 ただ、しっかりと兄の手を握りしめた。


「……お前にしかできない頼みがある。勇者に一泡吹かせてやってくれ。殺してもいい」


 突然、そのように言われて、ラーは狼狽した。


「……勇者自治区の連中……。魔王を倒すなどという、常軌を逸した化け物どもだ。英雄などともてはやされているが、のぼせ上がらせておくな」


「……はい」


 ガルガの意識は明瞭ではなかったが、勇者への対抗心は常に奥底にあり続けたのだろう。


 彼にとっては弟も脅威だったが、世界を変えた英雄の存在のことは、ずっと意識せざるを得なかったのだ。


 それはラーも同じだった。


 13歳で、好奇心から身分を隠して魔王討伐軍に入った。


 魔王が討伐された後も魔道の研究と実践に心血を注いできたのは、単なる好奇心からではなかった。


 異世界からやってきた存在によって、この世界が塗り替えられていく。


 この現実に対して、法王として自分に何ができるのかを問い続けた。


 対勇者トシヒコは、常に頭の片隅にあった。


「ラー・スノールよ牙を向け! この世界を荒らしまわる異界人どもに、目に物を見せてやれ。……弟よ、世界はお前のものだ」


 そう言い残して、ガルガ・スノールは沈黙した──。


 ラーは静かに兄の頬に手を触れ、その瞼を落とした。


挿絵(By みてみん)

 次回予告

 ※本編とはまったく関係ありません。


「直行さん♪ トリックオアトリート♪」


「明日はハロウィンだったな。しかしエルマよ。お菓子をやろうがやるまいが、お前はいつもトリッキーだからなあ」


「トリッキーとは違いますわ♪ トリックオアトリートです♪」


「お嬢、チュロスあげるよ。ハッピーハロウィン」


「さすが知里さん♪ ゴスロリな知里さんにとっては、毎日が暗黒♪ 退廃♪ 死への憧れ♪ まさにハッピーハロウィンですものね♪ 分かっていらっしゃいますわー」 


「まあね。それなりに楽しい毎日だけどね」


「次回の更新は11月3日を予定しています。『毎日がハッピーハロウィンのちーちゃん』の巻。お楽しみに♪」

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― 新着の感想 ―
[一言] これは… 先の展開はどうなるんだろう?? こういったワクワクドキドキは冒険譚ならではですね( *´艸`)
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