510話・勇者一行と七福人
◇ ◆ ◇
「…………」
勇者トシヒコ一行は幻術の境を越えてクロノの領域に侵入し、国王が座しているはずの貴賓席へと、警戒しながら歩みを進めていた。
〝裸の女狂戦士〟こと小夜子は、すでに肌も露わなビキニ鎧に着替えていた。そしてその背には黒鞘に紅蓮の止め紐の太刀。トシヒコから預かった〝濡れ烏〟を背負っている。
商人ミウラサキは丸腰だが、闘気を発現し、時間操作の体勢を整えている。
2人からやや遅れて、賢者ヒナ・メルトエヴァレンスもタクトを模した魔道具を握り、いつでも高位魔法が発動できる準備を整えていた。
「ああ、やっぱり……」
小夜子とミウラサキが前方に何かを見つけ、息を呑んだ。
敷物の上に横たえられた国王ガルガ。その傍らに蛇のような目つきの男が屈みこんでいて、息も絶え絶えな国王と言葉を交わしている。
その2人に背を向ける形で、金と白の法衣に身を包んだ法王ラー・スノールが立って静かにこちらを見ていた。
法王は驚いてはいなかった。勇者一行の侵入に気付いていたようだ。
「カッちゃん! 王様が大変よ! すぐに助けなきゃ!」
「そうだね、小夜ちゃん!」
「――ママもカレム君も、ちょっと待って」
走り出そうとする2人をヒナが制した。
「ヒナが話を取り付けるから、少しだけここにいて」
ヒナは進み出ると、法王に一礼し、次いでクロノ王国首脳陣にも頭を下げた。
「法王猊下。ヒナたち全員が猊下と力を合わせれば、必ずやガルガ国王の回復のお役に立てます」
「法王さま! わたしたちにできることがあれば言ってください」
「ボクも力を貸すよ!」
ヒナに続き、小夜子とミウラサキが声を張り上げた。
「俺様としては、あまり気が進まなかったんだが……ウチの奴らがどうしても〝人助けがしたい〟と言うもんでな」
最後にゆっくりと歩いてきたパーティのリーダー、勇者トシヒコは、周囲に睨みを利かせながら肩をすくめてみせた。
「…………」
──勇者一行が揃ったか……。
法王ラー・スノールは全員を一瞥するとスキルを発動して、勇者パーティの呼吸音、心拍数、そして筋肉の収縮と弛緩の微弱な音までをも聴き取り、その真意を探ろうとした。
──勇者一行の心音に乱れはない。さて、どうしたものか……。
ラーの中にいくつかの選択肢が浮かんだが、それを実行する前に勇者パーティと法王との間に割って入った者がいた。
今まで国王の傍らにいたネオ霍去病だった。
「これはこれは! 救国の勇者さまご一行。いまは取り込み中でございます。どうかお引き取りを」
彼に続いて、異形の側近集団〝七福人〟のうち、巨漢のパタゴン・ノヴァ、隻眼の騎士グンダリが距離を詰めてきた。
すでに彼らも武装していて、グンダリは蛇腹剣〝真・鉈大蛇〟、パタゴンは両碗に金剛杵が仕込まれた籠手〝バフダーラ〟を構えている。
彼ら3人は勇者たちを遮るように取り囲み、武器を打ち鳴らして牽制した。
「武器をお納めください。ヒナたちは法王猊下にお話があるのです」
当然ながらヒナは、蛇腹剣にも巨大な金剛杵にもひるまない。
だがネオ霍去病は、薄笑いを浮かべながら首を横に振った。
「猊下は今、私人として治療に当たっておいでだ。話は我が国の情報相である、このネオ霍去病が伺おう」
グンダリとパタゴンを左右に従えるようにして、ネオ霍去病が冷たい目でヒナたちを睨みつけた。
「ネオ霍去病どの……」
「……いいですかヒナ・メルトエヴァレンス執政官。いま我は〝私人〟と申しました。それゆえ、これは我が国の危機に法王庁が動いたのではなく、たんにクロノ王家の兄弟間で行われている内々の見舞いに過ぎません。勇者自治区のような他国の出る幕ではございません。どうぞお引き取りを!」
「ですがいまは緊急事態です! ヒナたちも国ではなくそれぞれ私人として……」
「くだらない花火とやらでも、見物していればよろしかろう!」
「…………」
有無を言わさぬやりとりに、その場が静まり返った。
奥の席ではクロノ王国の保守派である近衛騎士たちが、固唾をのんで見守っている。
霍去病は法王の方を振り向いた。ラーは一連のやり取りを黙って見ていた。
「これは猊下、大変失礼いたしました。どうぞ、ガルガ陛下の治療にお戻りください」
そして大げさな身振りでラーをその場から引き離すと、ガルガのもとへ行くように促した。
「……トシちゃん。強行突破する?」
小夜子が〝濡れ烏〟に手をかけ、〝勇者〟に目配せした。
ミウラサキとヒナの視線もトシヒコに向けられる。
「くあああぁ。め~んどくせぇな~ァ」
一瞬即発感が漂う場面で、勇者トシヒコは悠長な声と大あくびで応えた。
「……勇者どの。そのような訳ですから、今すぐお引き取り願えますかな?」
ネオ霍去病が試すような目をしてトシヒコに問うた。
「い~や。どうせあの〝地獄耳〟には筒抜けだったんだろうから、率直に言うぜぇ。俺様はな、最初からこんな所へ来て首なんか突っ込みたくはなかったんだけどよ。でも、ウチの女たちが〝王様を助けてあげようよ〟って聞かねえんだ。2人ともいい女だろ? なぁ、頼みを聞いてやっちゃくれねえか?」
トシヒコは何を思ったか、霍去病に深々と頭を下げた。
一瞬、土下座をするような勢いだったため、ヒナと小夜子が慌てて止めに入ったくらいだ。
「頼む」
「嫌だね。拒否します」
ネオ霍去病は笑いながら断った。
「そうかい」
──へ~え。ガルガ国王の後ろ盾がなくて、〝七福人〟はやっていけるのかい?
トシヒコは脳裏に浮かんだその挑発の言葉を、口に出すことはなかった。
…………。
以降はひたすらの沈黙。
もっともこうなっては、勇者たちは動けない。
「……ダメかあ」
呆然と立ち尽くすミウラサキ。
勇者側の提案による勇者パーティと法王の〝共闘〟は霍去病によって阻まれ、幻に終わった。
そして治療に戻ったラー・スノールに残された時間が迫っていた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「なあエルマよ。俺、こないだ大型店で美少年の2人組に遭遇しちまったんだよ……」
「いいえ、直行さま。それはどういうことですか?」
「いや、ちがうんだレモリー。すれ違っただけなんだ」
「…………」(ジト目で直行を睨むレモリー)
「どんな子たちだったんですか♪」
「……それな、エルマよ。サラッサラッなマッシュルームカットで、肌が白くて、男性ホルモンがまだろくに出てない感じでな、きっと声変わりもしていないんだろう。制服のブレザーがまだ大きめで、バッグにぬいぐるみをくっつけてたのも萌えポイントでな。あ、萌えって言葉、生まれてはじめてつかっちまった」
「萌え、と申しましたか……」
「レモリー♪ 直行さんは男もイケるとの噂です♪ あたくしという幼な妻がありながら! レモリーという妙齢の情婦を抱え込みながら、細マッチョのギッドさんにも♪ そして今度は美少年♪ 手当たり次第で不潔ですわー♪」
「はい。次回の更新は10月25日を予定しています。『直行、女の情念に刺される』の巻。お楽しみに……」
「いや、レモリー怖いって……」




