50話・勇者トシヒコの太刀『濡烏』そして決着
鉄壁の障壁による防御の要だった小夜子が刀を抜いたことで、場の空気が変わった……?
いや、ちがう。
騎士たちの目は小夜子の日本刀に釘付けだ。
その刀の威容に、みな息を飲んだ。
「その剣は……」
騎士たちは剣と言ったが、間違いなく日本刀だ。
反りが深いので、太刀と呼ばれるタイプだと思われる。
刀身は80cmはあろうかという長さで、黒い刃の上に青や緑、紫などの色彩がきらめいている。
ハバキ(刀身の手元に嵌める金具)には、見事な烏の彫刻が施されていた。
刀全体が、凄まじいオーラを放っている。
「おお、その刀はやっぱり『濡烏』! 勇者トシヒコ様の愛刀で、魔王を斬った刀……ですよね?」
いぶきがそう解説(?)した。
知里の攻撃に割って入って怒られてからは、ひっそり鳴りを潜めたと思っていたら……。
チャッカリ解説役としてしゃしゃり出てきた。
それにしても、勇者の愛刀だという『濡烏』の太刀。
確かに、そう言われてみれば、小夜子にはどこか不釣り合いな印象を受ける。
「勇者トシヒコ……」
「……忌々しき世界の変革者」
「確かにあの剣からは、『伝説級』では収まらないオーラを感じる」
騎士団たちがざわめいている。
リーザ・クリシュバルトは眉間にしわを寄せて、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
もう一人、とびきり不機嫌な顔をしている奴がいた。
エルマだ。
周囲の注目が、小夜子に集まってしまったことに腹を立てているようだ。
「ちょっと! こっちに注目なさい! あたくしが法王庁まで行くと申しているのに、空気みたいになってしまったじゃありませんの! 不本意ですわ。秒速であたくしを法王庁まで案内なさい!」
駄々っ子のように地団太を踏むエルマ。
13歳の反応としては妥当だが、よくよく考えると、合算で彼女は俺と同年代の年月を生きている。
……大人げない奴だ。
そんな、何とも間延びした事態を収束させたのは、知里だった。
「ハーフエルフのことは今回、保護者のお小夜に免じて見なかったことにしてあげてよ。とりあえず、一番の問題は、法王庁印のマナポーションの件でしょう。お嬢様が法王猊下に釈明するというのだから、護衛を引き受けてあげれば?」
知里は魔法銃をチラつかせながら、
「それとも、戦いを続行する?」
と、小夜子に目配せした。
「小さな女の子が見てる前で、戦いなんてすべきじゃないけど、神聖騎士団がその気なら、この子を守るために躊躇なくこの刀を振るうわ!」
知里の呼びかけに、小夜子が呼応する。
魔王討伐のパーティメンバーで、勇者の太刀を構えた鉄壁の防御スキル所持者と、同じく元選抜メンバーで、他心通を持つ凄腕の冒険者。
それに加えて、意外な人物が名乗りを上げた。
「はい! 僭越ながら私も戦線に復帰させていただきます。微力ではありますけれども」
治療を終え、意識を取り戻したレモリーは、ネンちゃんを守るように身構えている。
周囲には炎と風の精霊が輝き、戦闘態勢が整いつつあった。
俺は、いぶきにアイコンタクトを送った後、エルマを見た。
「お嬢様! 積み荷に関しては、俺にお任せください。法王庁よりお達しがあるまで、責任をもってお預かりいたします!」
するとエルマは人差し指で「しぃーっ」というジェスチャーをしながら、視線を知里の方に向ける。
知里は、エルマをじっと見ていた。
神聖騎士団の面々は、身動きが取れずに隊長のリーザに判断を仰いだ。
紅い髪の彼女は、悔しそうに唇をかみしめている。
震えながら右手を上げた。
攻撃命令か、撤収か……。
「ロンレア伯令嬢・エルマ・ベルトルティカ・バートリを連行する。みな、私に続け……」
力なく言った彼女は、敗北感に打ちのめされているようだった。
神聖騎士団は、戦わずして敗れたのだ。
しかしながら、俺たちの勝利とも言えない。
取引は法王庁の介入により、中断。
エルマは連行される。
敵味方を含めて犠牲が出なかったことは不思議と運がよかったが、確かにこれは戦いだった。
「エルマ嬢は、私とともに騎乗してもらおう。念のため両手に縛めを施させてもらうが、悪く思わないでくれ」
「その前に、一つよろしいかしら?」
「……何かな?」
飛竜部隊に取り巻かれたエルマは、表情を変えずに言った。
リーザは警戒を緩めないまま、ロープをエルマの手にかけるのを止めた。
「直行さん、荷台にあたくしの分のサンドイッチがあったでしょう? 取ってくださる? お昼を食べようって時に、このような事態になってしまって……」
騎士たちの目が、一斉に俺に向けられる。
リーザは、エルマと俺の顔をまじまじと見比べた。
そして、首を横に振った。
「申し訳ないが、怪しい行動は許可できない。食事ならば法王庁で用意しよう。飛竜の翼で行けば半日とかからない」
「あたくしお腹が空きましたのに、困りましたわね。成長期ですのにね」
エルマは憎まれ口をたたいた。
呆れたようにため息をついたリーザは、俺たちの令嬢の手首を縛り、さらに自らの背中にロープで括り付けた。
エルマはリーザの大きく編み込まれた紅い髪の毛が気になるのか、首を振って邪魔そうに払いのけている。
リーザはそうした些細な抵抗など意に介さず、右手を高らかに挙げて号令する。
「聖龍法王庁・神聖騎士団・飛竜部隊! ロンレア伯令嬢エルマ・ベルトルティカ・バートリを伴い、これより聖都に帰還する!」




