504話・ソロモンの幻
※一人称だと追いきれないので、今回は三人称でお送りします。
◇ ◆ ◇
「法王猊下! お待ちください!」
クロノ王国の回復術師の一団が、意識を失ったガルガの元へ向かうラーの前に立ちはだかった。
「わが王の治療は、王国最高の神聖術師隊である我々にお任せを!」
それを聞いたラーは少し気の毒そうな顔をした。
なにしろ、法王庁が誇る最高の回復術師たちの申し出を断り、法王解任の覚悟をもってしてまで単身、ここへ乗り込んで来たのである。
王国の回復術師の実力のほどは、たとえ全員が束になって当たったとしても、自分ひとりの足元にすら及ばないことを、この若き法王はよく知っていた。
(──あなた方は優秀ではあっても、実戦経験が足りない)
この好奇心旺盛な法王が、少年のころより身分を隠して、数々の危険な冒険をおかしてきたことを知る者は少ない。
衛生環境の行き届いた貴族相手の治療とは違う、死と汚濁の生々しい場数を、ラーは踏んできた自負がある。
(回復術には、確かな知識に加えて現場での経験がものをいうのだ)
ラーと視線を合わせた王国の回復術師たちが、うっすらと汗をかきながら後ずさった。
彼らにとっても、ガルガ国王の実弟、かつての第二王子の優れた魔力の才能については、当然ながら実際に見たり、伝え聞いたりしている。
力づくで排除することなど、とてもできなかった。
「…………」
ただ、こう考えた者もこの場にはいたかもしれない。
「王族出身で法王に就任した甘っちょろい若造に、一体何ができるのか」と。
思わぬ王弟介入の茶番劇に、内心嘲笑ったり、高をくくったり。
それらは、ラーが出家した後にガルガ国王に召し抱えられた、ネオ霍去病ら数人の者たちだったかもしれない……。
だが彼らは微動だにせず、静観を決め込んでいる。
「ソロモン!」
ラーは立ちすくむエルマや一団に対して何の言葉もかけず、かわりにソロモンを呼んだ。
「はッ!」
「ソロモンは〝幻術〟で、この場が何事もなかったかのように演出してください」
「――お任せを!」
命令を受け、クロノ王国の魔導士の頂点に立つソロモンが、嬉々として幻術魔法を唱えた。
ラーは横たわる兄ガルガ国王の傍らに跪き、〝回復〟を開始した。
治療の様子はどうしても目立ってしまう。諸侯たちに今の状況を知られるのはまずい。
ソロモンは幻術魔法によって〝何事もない晩餐会〟の幻影をつくり出した。
そこには家臣たちと談笑するガルガや、花火を指さして笑うグンダリ、静かに杯を傾ける自身の幻を含めて、先ほどまでの花火大会が何事もなかったかのように再現されていた。
(ふん。ソロモンの幻影魔法か……。リアルタイムの花火と家臣たちのリアクションがズレてるけどね)
法王庁の自席へ戻った知里は、遠くから一部始終を固唾をのんで見守っていた。
(でも、おかしいわ。トシヒコがこの異変に気づいていないはずがないのだけど)
勇者自治区のテーブルを見ると、やはり何事もなかったかのように皆、酒宴を楽しんでいる。
トシヒコやヒナたちの心を読んだわけではないが、こちらもどうやら静観を決め込んでいるのは間違いなさそうだ。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん♪ 意識高い系のカフェとかって、紙コップにプラスチックの蓋と段ボールの持ち手がついているでしょう♪」
「それな。蓋じゃなくてトラベラーズリッドって言うらしいぞ」
「蓋ですわ♪」
「で、それが何だエルマよ」
「SDGSとか言うわりには、随分と無駄なものをつけていますわね♪」
「SDGsのSは小文字な。しかしエルマよ。確かにそうだが、500円くらいするラテを紙コップだけで出されたら何となくショボいだろ。だからトラベラーズリッドと持ち手なんだ」
「あの手のカフェって空調も効き過ぎてるし、地球に厳しめですわね♪」
「お嬢もたまにはマトモなこと言うじゃん。あたしは綺麗な陶器で飲むコーヒーが好きだな」
「次回の更新は10月5日を予定しています。『知里、オッサンと間接キスの巻』」
「いや、そこはキチンと洗ってるでしょコップ」




