503話・もうひとつの手
「あたくしなら、陛下のお命を救うことができますわ♪」
何度蹴られてもなお、そう言うエルマ。
エルマはクロノ王国のテーブルの上に、グロテスクな肉塊を召喚した。
赤ん坊のような柔らかい皮膚がついた、未分化な赤い塊……。
まるで人肉を培養したかのようなそれは、以前、俺と魚面の肉体が〝猿〟の呪いによって風船のように膨れ上がってしまったときの名残だ。つまり、膨張して増えた部分の肉を切り取ったモノだ。
あの肉塊を使って錬金術師アンナが人体パーツを製造してくれたおかげで、俺たちは人間の姿を取り戻せたわけだが……。
今エルマが呼び出した肉塊は、そのときの余りで、アンナの研究所に保管してあったものを召喚したのだろう。
何の脈絡もなく、そんな不気味なものを召喚されたら周囲はドン引きだが……。
現に俺も魚面も、あのとき体が変形するほど酷い呪いを受けたにもかかわらず、この肉片を利用することで臓器を復元し、どうにか再生して今に至る。
この世界の回復魔法は、出血を止めたり傷を治すことはできるが、欠損した部分までは再生できない。
エルマの能力『複製』と現代の医学知識、そしてハーフエルフのネンちゃんという類まれなる回復術者による治癒をかけ合わせたことで、限界を超えた再生医療が可能となったわけだ。
しかし……。
「うわ! ロンレアの女領主が会場に死体を投げ入れた!」
「嫌がらせのつもりか!」
「鬼畜令嬢、気が狂ってる!」
普通に考えたら、つい先日まで戦争していた領主の小娘の戯言など、まともに相手にされるはずがない。
ましてやそれが、人体改造という禁断の戒めに触れる技術であればなおさらだ。
「狼藉者め!」
王国の近衛騎士たちが、統制の取れた動きで俺たちを取り囲んだ。
自棄を起こして乱心したと思われているようだ。
「〝この方法〟ならば、必ずやガルガ陛下をお救いできますわ♪ あたくしの夫も、それで蘇りましたの♪ クロノ王国の錬金術師さまたちならば、あたくしの言っている意味がお判りでしょう♪」
「…………下らぬ見世物だ」
ネオ霍去病は蛇のような目つきで、俺たちをまるで道端に落ちた汚物でも見るかのように、横目で見ていた。
「頭の狂ったクソガキが領主を気取るな。さっさとロンレア領を陛下に明け渡せ」
何だと……。俺にはエルマが正気であることも、決してふざけているわけではないこともよく分かっている。
「鬼畜令嬢! マジで超いかれてる!」
クロノ王国の錬金術師サナ・リーペンスが吐き捨てた。
何を言うか。自分だって禁断の人体改造で兵士の身体を都合のいいようにつくり替えているくせに……。
──どうも引っかかる。
この世界でも、人間の手で人体を改造したり合成したりすることは、宗教やら倫理観やらで禁じられている。
だからアンナ・ハイムは協会から離れ、単独で研究を続けてきた。
しかし、俺たちが戦場で見たクロノ王国の兵士たちには、明らかに人体改造のような形跡があった。
この世界にはまだ科学と呼べるものはないが、その萌芽ともいえる研究者たちがいる。それが錬金術師と呼ばれる人たちで、若き現法王ラー・スノールが勇者トシヒコら異世界人の文明を研究するために抱え込んでいた。
そう、その宗教界の頂点である法王庁が抱え込んでいたはずの錬金術師の何割かが、ひょっとしたらクロノ王国の軍部に引き抜かれるなどして、流出していたのかも知れない。
それにサナ・リーペンスも錬金術師なのであれば、エルマの言っていることが、あながちデタラメではないと分かるはず──。
いや、待て──。
まさか彼女はエルマの治療法が有効なことを知っていながら、却下した?
──まさか国王ガルガをこのまま見殺しにするつもりか──?
俺の心に、ふとそんな疑念が浮かんだ。
だが、冷静に考えれば弱小貴族の小娘の言うことなど、大国がまともに聞き入れるはずがない。
やるとしたら、自分たちで治療するのだろう。
エルマが身を挺して差し伸べた手は、撥ねられてしまった。彼女は何とも言えない顔で、クロノ王国の重鎮たちを睨みつけていた。
しかし、時は刻一刻と過ぎていく。ガルガ国王の命は、まさに消えゆかんとしていた。
「兄上」
緊迫した空気の中で、王の傍らへと静かに歩み寄るのは、法王である弟のラー・スノール。
まだ少年の面影が残る二十歳の法王は、エルマの闖入に驚きつつも、黙ってその一部始終を見ていた。
「……これは法王さま。失礼をいたしました。お初にお目にかかります♪」
法王に気づいたエルマが立ち上がり、恭しく礼をした。
そしていつもは誰に対しても不遜で不敵なエルマが、はにかむような上目遣いをしてみせた。
「…………」
エルマの奴……。
珍しいこともあるもんだ。法王に気圧されてでもいるのか。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「知里さんの好きな食べ物って何ですか? ワイン以外で答えてください♪」
「うーん。いろいろあるけど今はマッサマンカレーかな」
「マッチョマンカレー?」
「小夜子さん、マッチョじゃないよ。タイのカレーで〝世界で一番おいしい料理〟とも呼ばれてる」
「じゃがいもと鶏肉をホロホロに煮込んでカルダモンやシナモン、クローブといったスパイスやカシューナッツをふんだんに使ったエスニック料理ね」
「りんごとハチミツのポークカレー派のわたしには、想像もつかない味よね、マッチョマン」
「次回の更新は10月3日を予定しています。『突然! マッサマン まさかのカレー回』お楽しみに」
「提供はビッ○東海がお届けしますわ♪」




