501話・哀願するソロモン
法王庁のテーブルは騒然としていた。
クロノ王国ガルガ国王の側近集団〝七福人〟のひとり、ソロモンが駆け寄り、直訴したのだ。
「法王猊下! ガルガ国王陛下をお救いください! どうか何卒…!」
本来であれば、法王への直訴は絶対に許されない。
その場で斬り殺されても文句は言えないところだが、ソロモンはガルガ国王の側近だ。
しかも先の宮廷魔術師の嫡子で、法王庁に留学経験もある。法王庁の高官の中には、留学時のソロモンを見知った者もいた。
「……困りましたね」
「…………法王猊下」
涙目で哀願するソロモンに、法王庁の高官たちはどう反応したらいいか分からない。なまじ顔馴染みであるため冷たくあしらうわけにもいかず、困ってしまった。
「ジュントス殿、頼みますよ」
こうした〝困った〟状況に対処するのは大抵ジュントスの役目だった。
「ウシシシシ。拙僧にお任せあれ」
彼は長らくバルドコッパイ公爵家の放蕩息子の身代わりを演じてきたが、本物の方が出自を秘して〝七福人マハーカーラ〟と名乗り不名誉な最期を遂げたため、本家では偽物であるジュントスを正式に認めていた。
このため、ラー直属の法王庁とクロノ王国保守派をつなぐ、珍妙なパイプ役として重用されている。
「ソロモン改殿……でしたかな? ご存じの通り、法王猊下への直訴は禁じられております。まずは第一に、貴国が誇る医師、回復術師たちが全力を尽くすべきではありませぬかな。それでもだめなら、改めて対処しましょう」
法王庁を事件に巻き込みたくないジュントスは、面倒くさそうに先送りしようとしたが、ソロモンはそれを許さない。
「それではガルガ様のお命がもちませぬ!」
(やれやれ。困ったことになった……)
法王庁の高官たちは、こう考えている。
(このような諸侯が集まる公の場で、国王の延命に猊下の魔力が及ばないとなれば、法王庁の威信に傷がつくではないか)
「…………」
もちろん兄の倒れた姿を見て、ラー本人が動揺していないはずがない。
彼は何度も椅子から腰を浮かしかけたが、高官たちに制止された。
高官たちはラーの耳にこう囁いた。
「猊下。兄君であるガルガ国王の身に起こったことは運命なのです。神が国王に与えたもうた試練、あるいは寿命なのですよ。安らかな眠りのために祈りましょう」
法王は〝世俗外〟という立場に置かれている。
市井の人々を信仰へと導くことは許されるが、他国の内政への関与は一切許されない。
「猊下への直訴は、まかりならぬ!」
ラーのいるテーブルに詰め寄ろうとしたソロモンは、聖騎士たちに制止された。
「――法王猊下! なにとぞ!」
ソロモンにとって、やろうと思えば得意の闇魔法での強行突破も可能だったが、さすがに聖騎士に向けて禁断の呪術を使うわけにはいかなかった。
ソロモンはただ何度も声をかけ続けた。
「……ちょっと。ウチの魔法相、あんなところで何やってるの? みっともないったらありゃしない」
「ソロモンの奴、トチ狂ったか……?」
「キャハハハ! ダサすぎ」
一方、ソロモンの行動には、グンダリら他の〝七福人〟のメンバーも鼻白んだ。サナ・リーペンスなどは侮蔑的に笑い飛ばしている。
「普段は冷笑的な死霊使いのくせに、顔をくしゃくしゃにしながら法王に哀願するとはな……」
異様な光景だが、ソロモンにとっては体裁などに構っていられなかった。
自身の能力で影武者と本人を入れ替えたために起きた悲劇、惨劇。そして、父親の代から続く因縁。
「どうか法王猊下の御慈悲を賜りたく! 何卒……何卒……」
ソロモンは親子二代に渡ってガルガとラーの兄弟に因縁がある。
その始まりは、7年前に起きた皇太子廃嫡未遂事件──。
かつて宮廷魔術師長だったソロモンの父は、第二王子ラーの才能にほれ込んだあまり、当時王太子だったガルガを廃して弟王子を擁立しようと謀った。
ソロモンは当時法王庁に留学中で、まったく陰謀には関与していなかったが、突然職を辞した父に不穏なものは感じていた。
──真相を知ったのは、ネオ霍去病の〝過去を見通す能力〟によるものだった。それ以来、父の不始末の償いの意味でも、ガルガ国王にはなりふり構わぬ忠節を尽くしてきた。
〝禁忌〟とされる人体改造や〝死霊魔法〟の研究、おぞましい人体実験にも手を染めた。
冒険者に身をやつし、前人未到の遺跡の調査にも行った。その際、人を殺めることもした。
すべては父の不始末と、自身が抱える罪悪感、そしてガルガへの忠誠心のためだった。
「…………ふぅん」
このやりとりを、知里は遠巻きに見ていた。
(どういうつもりなの……奴は)
ソロモンや他の〝七福人〟たちの心は〝妨害障壁〟により読めなかったが、周囲の取り巻きたちの心を読むことで、おおよその状況は把握できた。
ソロモンの接近を感じたとき、身を隠すように席を外したのだが、まさかこのような事態になるとは……。
自分と命を削り合った仇敵が、みっともなく法王に泣きついている。
(……法王は、どうする気かしら)
「…………わかりました」
側近たちを制し、ラーは短く答えた。
呆気にとられる法王庁の高官たち。
ソロモンの決死の嘆願に応じて立ち上がり、兄ガルガへと近づいていく。
それは法王庁にとって、許しがたい行為だった。
──〝法王〟とは地上における〝神の代理人〟であり〝聖龍の守護者〟である。世俗のいかなる権力とも一線を画す存在でなければならない。
肉親といえどその例外ではなく、ガルガとラーはあくまで信徒と教主という関係でしかない。
──しかし私たちは血を分けた兄弟なんだ……。
普段は法王としての立場を貫いてきたラーだが、死が迫った兄を前に、体が動かざるを得なかった。
そんな若き法王の前に司祭たちが立ちはだかる。
「猊下がお出ましになるまでもありません。我らが教団最高の回復術師を遣わしてガルガ陛下の命をお守りします」
普段はラーの太鼓持ちでしかない側近たちの言葉は勇ましかったが、その表情からは不安の色が見て取れた。
ラーはそんな司祭たちを制すと、厳かに告げた。
「ここから先、私はひとりの人間として一つの命を助けるつもりです。追放するなり、捕縛するなりご随意に」
〝法王〟の立場ではなく、〝王族〟でもなく、ただひとりの人間として、兄の命を救う。
ラーの目には一点の曇りもなかった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「エルマ、酸素系漂白剤って召喚できるか?」
「人をド○えもんみたいに言わないでくださいな♪ 過酸化ナトリウムと炭酸ナトリウムでしたっけ♪ でも何に使うんです?」
「小夜子さんからタオルの消臭を頼まれてさ」
「こないだ剣道の防具みたいなイイ臭いのしたビキニ鎧を消臭してましたわよね♪ 流石小夜子さん、タオルも臭いんですか♪」
「エルマちゃん嬉しそうに言わないでよ! 毎日洗濯してても、臭くなっちゃうのよ。ヒナちゃんに新しいのももらったけど、古いタオルも捨てられなくて」
「昭和の女性は物持ちが良いんですのね♪ さすが竹やりモンペでB29を撃墜した女傑は違いますわ♪」
「昭和62年に竹やりもモンペもないし、B29も飛んでません!」
「次回の更新は9月25日を予定しています。『逆襲の小夜子2 エルマ全裸土下座の巻』お楽しみに」
「ぎゃぺっ」




