49話・エルマの決意2
その場にいた神聖騎士たちの動きが止まった。
紅い髪の隊長リーザは、場違いなまでに小柄な少年の登場に、いったん剣を収めて首をかしげている。
「皆、あたくしの話を聞いてくださいますわね?」
キャスケット帽とメガネを外すと、生意気そうな少女が現れた。
商家の下働きの少年のような身なりで、シャツの片方の袖から先が破れている。
先ほどまで戦闘に巻き込まれていたので、白いシャツには汚れがついている。
それでも、毅然とした立ち居振る舞いは、まさに淑女の教育を受けた者のものだった。
「あたくしはロンレア伯爵家の長女エルマ・ベルトルティカ・バートリ。ロンレア伯の次期当主です」
しかし、以前の旧王都でもそうだったけれど、その名乗りに「水戸黄門」のような効果はない。
法王庁の連中はポカンとしていた。
理由としては、中級貴族であるということもあるだろう。
ましてや今回ボロボロの身なりで男装しているということもある。
しかしエルマは周囲のドン引き、というか無関心には全く動じず、びっしりと文字の書かれた外套を高らかに掲げた。
「ここに至るまでの経緯を、これに記させていただきましたわ。あなたたち神聖騎士団の発言、振る舞いの数々を」
外套に、事態の経緯を書いていたのか。
エルマは普段から神経質そうだから、必要以上に細かい字で、内容が事細かなのもうなずける。
「だから何だというのだ」
「なるほど……。旧王都の貴族がこの横流し事件の裏で手を引いていたということか」
「お嬢ちゃん、お父上の立場も考えたまえよ?」
騎士団の中には、露骨にエルマを見下す者もいる。
旧王都の貴族と、法王庁の神聖騎士団の立場の違いは、俺にはまだよく分からないけど……。
バカにする理由は、単純にエルマが子供だからというのもありそうだ。
知里は何やら、神妙な顔つきでエルマを凝視している。
おそらく、「心を読んでいる」のだと思われる。
「あたくしを連れて行ってくださいませ。法王猊下に事情をご説明いたしますわ♪ 権勢には縁遠い当家なれど、由緒正しき家柄でございますゆえ、歴史の折々で法王庁との付き合いはございます。今回のことも、決して法王猊下に弓引く行為でないことをお誓い申し上げます!」
エルマは実に堂々としていた。
その姿に、飛竜部隊の隊長リーザは驚いていた。
「ロンレア家ご令嬢。ずいぶんと流暢に言葉を操る。もしや転生者なのかな?」
「ただの神童ですわ♪」
エルマは毅然としている。
その様子をじっと見ていた知里は、苦笑いを浮かべた。
「さて、あたくしたちは道中2度も襲撃に遭って、へとへとなのです。もう、おしまいにしましょう♪」
「だから荷台のモノを、よこせと言っているのだ!」
「よこせ? 当家の管理する品物の所有権は、あくまでもわがロンレア家のものです。この魔王討伐戦の救援物資は、当家が実費で買い上げたのですから」
すると、法王庁の連中は口々に言った。
「ばかめ。誰が買い取ろうが、そのマナポーションを製造したのが法王庁である事実は変わらない」
「それを勇者自治区へ持ち込もうとしている、この状況こそが問題なのだ」
「横流しと咎められても文句は言えまい?」
結局そこに立ち戻ってしまう。
こちらの世界の法体系で、「所有権」みたいなものをどう捉えているのかは知らない。
ただ、封建的な領主制や法王庁といった体制がある以上、俺たちがイメージするような法律の概念が通じるとは思えなかった。
この押し問答は、堂々巡りで埒が明かない。
立場は違えど、ここにいる全員に疲労の色が見て取れた。
エルマだけが、それぞれの思惑など全く意に介さないようだ。
背筋をピンと伸ばして堂々としている。
「だから、あたくしが釈明するために法王庁へ参ります。騎士団の皆様はあたくしを護衛してくださいませ。荷物は旧王都の自宅で管理します。それは、この者たちが行います」
エルマはリーザの元に歩み寄り、うやうやしく礼をした。
意表をつかれた隊長は、どうしていいか分からないような顔をしている。
「……分かった。あなたの身柄は、神聖騎士団が保護しよう。皆、くれぐれも非礼のないように」
騎士たちはしぶしぶ命令に従い、武器を鞘に納める。
飛竜たちは騎士を乗せるために、体を傾けて翼をたたんだ。
ところが、そのとき――。
それは、運が悪いとしか言いようのない出来事だった。
帰り支度を始めた飛竜の翼が、地面をコピーした幌をめくり上げてしまったのだ。
騎士たちの目に、横たわるドレス姿の女性と顔色の悪い男性、そして2人の間で回復魔法を使っている、耳のとがった少女の姿があらわになってしまった。
「見ろ! ハーフエルフの子供だ」
「女とゾンビも倒れているぞ」
「こいつら何者だ?」
「なんだと、ハーフエルフがいるのか?」
動揺が瞬く間に広がった。
俺は声を上げて、釈明する。
「怪我人を治療していたんだ! 安静にしてもらうために隠した。それだけだ!」
しかし、彼らの関心はそこにはなかった。
騎士たち視線はネンちゃんに集まっている。
「本物だ。まだ子供で、性別は女だ」
「どこの者か。居住許可証を見せろ!」
「親はどこだ? この中にエルフはいないようだが」
騎士の中でも荒っぽい連中が、口々に言っている。
言葉の端々から、ハーフエルフが歓迎されていないことが伝わってくる。
俺は誰かに説明を求めるように見回した。
「異種族婚は、教義によって禁じられているのだ」
そんな俺に、リーザが手短に説明した。
ネフェルフローレン=ネンちゃんは目を見開いたまま怯え、震えている。
法王庁とは事を構えたくないが、ネンちゃんは命の恩人だ。
もし仮に引き渡しを要求されたら、断固拒否以外に選択肢はない。
「そこまで! その娘に一歩でも近づいたら、容赦しないわ」
荷台の上で声を上げたのは、小夜子だ。
いつになく、怖い顔で神聖騎士団を睨みつけている。
そして肩に背負った日本刀を抜き、青白い妖気をまとった黒い刃を正眼に構えた。




