497話・影武者A
※迫りくる透明な蛇のことなど、すっかり忘れている直行視点でお送りいたします。
俺とレモリーは高台から様子を伺っていた。
双眼鏡と風の精霊魔法を使い、彼らの表情や話した内容もおおよそ把握している。
「レモリー。どうやらトシヒコさんとクロノ王国の諍いも、収まったようだな」
「はい。アニマ王女殿下がことを治めてくれたようです」
勇者とクロノ王国の対立には肝を冷やしたが、アニマ王女と思われる女性が何かを言って、トシヒコ氏が抱き寄せてキスをした。
ガルガ国王をはじめ、誰も異を唱える者はなく、皆それぞれの席に戻った。
どうやら婚約も破談にならずに済んだようだ。
正直に言えばロンレア領にとっては、勇者自治区とクロノ王国が敵対してくれた方が都合はいいのだが……。異文化交流会を企画した俺が、それを言ったらおしまいだろう。
ともかく、争いを避けられたことは良しとすべきだ。
…………。
「安心したら腹が空いてしまったな。レモリー、何か適当に見繕って、メニューを持ってきてくれ。こっちに来て一緒に食べよう」
「はい。承知しましたご主人様」
念のために俺は他の座席の様子もうかがってみる。諸侯たちにも不穏な様子はない。
トラブルもなく花火も次々と打ちあがっていて、晩餐会はつつがなく進行していた。
各勢力の名物料理が並べられたビュッフェボードには、多くの人たちでにぎわいを見せている。
クロノ王国の長テーブルも、いまは落ち着いている。
勇者たちは席に戻り、シャンパングラスを傾けていた。
ヒナと小夜子は追加の料理を取るため、ビュッフェボード前の列に並んでいた。
意外なのは知里と法王の組み合わせで、なんだかいい雰囲気を醸し出しているようだ。
会場にあった不穏な空気は、すつかり取り除かれたように感じた。
「お待たせいたしました。直行さま」
しばらくするとレモリーが料理を持って櫓に上がってきた。
小皿とグラスを乗せたシルバートレイを持って梯子を上がるという、ちょっと曲芸っぽい恰好だ。
「おつかれ、レモリー」
俺たちは見張り台に並んでシャンパングラスを合わせた。
英雄や法王、世界の首脳を見下ろしながら、彼女と二人だけの晩餐会というのも乙なものだ。
俺たちはキスを交わし、ささやかなディナーを楽しむ。
ドレス姿のレモリーは俺の横に座り、前菜、メイン、デザートとそれぞれ小皿に分けて器用に盛りつけていった。
上空ではひっきりなしに花火が上がり、夜空に大輪の花と乾いた音を鳴り響かせている。
「……花火とはキレイなものですね」
レモリーはうっとりした瞳で夜空を見ていた。
「月虹に誓った夜から、はるばる来ました……」
「ああ」
俺とエルマとレモリーの3人で、誓ったことを思い出す。
勇者自治区のテニスコート。
月にかかる虹に、俺たちはこの世界に影響力を与える人物になると誓った。
日の当たらない曇り空の道を歩んできた俺が望んだ舞台──。
「直行さまの号令で、世界の首脳陣が動きました。大願成就も手の届くところに来ましたね」
「……うん」
俺は子供のような生返事をして、後に言葉を続けられなかった。
レモリーの肩を抱いた。頬を赤らめてうつむくレモリー。
「……直行さまは元の世界にお帰りになられるのですか」
「…………」
────。
そのときだった。
突然、下の方で騒ぎが起こった。クロノ王国の長テーブルだ。
ガルガ国王が喀血し、まるでデタラメに動かした操り人形のように、仰け反ったり倒れかかったり、不自然な動きを見せた。
慌てて駆け寄る側近たち。
「何だ! 何が起こった?」
あまりのことに俺は見張り台から足を踏み外すところだった。
体勢を整えながら、精霊石の通信機で見張り役の魚面やスフィスに声をかけた。
「直行どの! ガルガ国王が!」
「直行サン! 敵意も殺意もナカッタ! あのネ、コレっテ……」
スフィスも魚面も取り乱していて要領を得ない。
苦しみもがくガルガ国王は、淡い光に包まれていた。
騒然とするクロノ王国のテーブルでは、医療班による回復魔法が詠唱されている。
「ガルガ陛下を守れ!」
近衛騎士たちは抜刀し、国王の周囲を固める。
一方、七福人たちは散り散りになりながら姿なき不審者を探る。
「そこだ! 始末しろ!」
古代中国風の鎧を着た青年が叫ぶ。
すぐに長髪の魔導士風の男と、半人半獣のような女が魔法を発動し、同時に隻眼の騎士と大男が襲い掛かる。
その先にいたのは、忘れもしないボディペイントのような外見を持つ性別不明の存在。
「鵺」の蛇。
俺の姿に気づいたのか、視線が合った。
「…………」
透明な蛇は、勝ち誇っているようにも、死にゆく自身を諦観しているようにも見える、乾いた笑顔を俺に向けていたような気がした。
実際には〝蛇〟は仮面を被っているので、俺が見たのは幻だったのかも知れない。
しかしその顔を、俺は生涯忘れることはできないだろう……。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「おじさんとじょうふのおばさんがチュッチュしてました」
「ダメよネンちゃん。こどもは見ちゃいけないわ」
「直行さん、通報しましたわ♪」
「何だよエルマまで……」
「あたくしという妻がありながら、愛人のレモリーとチューしましたわね♪ 許せませんわ♪」
「俺たちの結婚って、ロンレア領を統治するためのビジネス上の協定だろ。それにお前、俺に恋愛感情なんてないだろ」
「そうですけど、あんまりですわー♪」
「直行くん! 女の子を泣かすのはよくないわよ!」
「エルマのはウソ泣きだよ。と、とにかく次回の更新は9月11日を予定しています」
「あっちもこっちも修羅場ですわー♪」




