496話・迫りくる「予期せぬ終わり」
不自然に長く伸びた影が、影武者の身体を包んでいく。
ソロモンの闇魔法によって、影の中に入り、人知れず会場に入ったガルガ国王。
ちょうどそのとき、会場ではひときわ大きな花火が上がり、人々の目がそちらに向いたタイミングで影武者と入れ替わる。
群衆たちは気がつかなかった。
「おーっ、おーっ!」
「たーまやー」
重臣たちも諸侯たちも、勇者自治区の異界人たちも花火に見とれていた。
〝異変〟に気づいたのは3人だった。
「おや?」
「……ふぅん」
当初、この〝影武者交代劇〟に気がついたのは、勇者トシヒコと、実弟の法王ラー・スノール、S級冒険者の知里の3人だけであった。
ガルガ王もまた、〝彼ら〟に気づかれたことは察知した。
(──ふむ。他に気づいた者はいないようだな。……だが、気になるのは弟の隣に座る女。奴は手配書の女冒険者ではないか……?)
影武者と入れ替わったガルガは、悠然と周囲を見渡す。
彼は武人であるがゆえに、人のちょっとした動作の変化や視線の切り替えなどには敏感だ。
勇者も法王もこちらに気づいているものの、知らない素振りをしているようだ。
「……そしてあの女」
ソロモンからの報告では、時空の宮殿から宝物を持ち逃げした挙句、先の侵攻では量産型魔王を破壊したという。どんな意図か定かではないが、クロノ王国に仇する敵に間違いはない。
(その敵が、なぜ弟と一緒にいるのだ)
ガルガには彼らが一緒にいる理由が見当もつかなかった。
王は隣にいる死霊使いソロモンに尋ねた。
「ソロモン。法王の隣にいるのは手配書の女冒険者に、とてもよく似ているようだが……。仮に本人だとすれば、どうして奴はここにいるのだ」
「お許しください、ガルガ国王陛下。直ちに調べて参ります」
まさか法王までもが冒険者になりすまし、自分たちと共に、『時空の宮殿』に挑んだとは言いにくい。
知里との経緯も、話せば長くなる。
それよりもソロモンは自身に都合の悪い報告をしていなかったので、咎められる可能性もないではなかった。
その沈黙に割って入って来たのは、ネオ霍去病だった。
「ソロモンの奴が下手を打ったのです。信頼させて騙し討ちにするにせよ、他にやりようはいくらでもあったろうに、虎の子の量産型魔王までガキに指揮させて討ち取られては、世話がない」
ネオ霍去病が口元を歪ませた。
「去病、過ぎたことを蒸し返さずともよい。ソロモン、あの女に注視していてくれ。相当に腕が立つ魔導士なのだろう……」
ガルガ国王はネオ霍去病を軽く咎めると、ソロモンに対しては警戒を命じた。
「……!!」
このやりとりを見て、グンダリは影武者が入れ替わったことを悟った。
途端、席を立ってネオ霍去病に詰め寄る。
「ネオ! どういうことだ」
青い顔でネオ霍去病に『グンダリ自身が見た未来のヴィジョン』を耳打ちするが、中国鎧の青年は驚かなかった。
グンダリの耳元に顔を近づけ、薄ら笑いで答えた。
「〝未来が見える〟貴殿と、〝過去を見通す〟吾。王国のためには、より親密になる必要があるのではないか……」
「……テメェ!」
グンダリの顔に暗い影が差した。
…………。
◇ ◆ ◇
男たちの暗い謀をかき消すように、夜空には無数の花火がきらめき、光の尾を引きながら落ちていく。
クロノ王国の長テーブルは、もっともよく花火が見える位置に配置されていた。
重臣や騎士たちは、洪水のような光と音にすっかり魅入られている。
他に入れ替わったことに気づいた者はいなかった。
「アニマよ。そなたの覚悟、しかと受け止めた。勇者との間にたくさんの子を為せ。勇者の血ではない、王家の血を繁栄させるのだ」
見事に影武者と入れ替わったガルガ国王は上機嫌だった。
肉眼で見る花火も想像以上に華やかであり、楽しかった。
「……お兄様?」
アニマ王女には影武者の存在を知らされてはいなかったが、直感的にこれまでも公の場では別人が成りすましているだろうとは感づいていた。
また〝入れ替わり劇〟そのものにも気づいてはいなかったが、兄の雰囲気が〝自分が好きな兄の感じ〟に変わったことだけは分かった。
「いい酒だ! 〝血の教皇選出〟だな。弟の差し入れか! 心憎いことを!」
上機嫌なガルガはグラスのワインを飲み干すと、幼馴染の近衛騎士たちと、勇者自治区の発泡性のワインをかけ合い、子供のようにおどける。
〝七福人〟には決して見せない姿だった。
幼馴染たる近衛騎士団と、後ろ暗い過去を持ちながらも百戦錬磨の〝七福人〟。
これを両輪とするならば、勇者自治区をも超える国づくりが可能となる。
ガルガはようやく自分の人生が始まったような気がした。
やがて喧騒が収まると、ガルガは晴れ晴れとした気分で家臣たちを見渡した。
「!?」
重臣たちに紛れて、ガルガは奇妙な人物を見た。
身体の色が七色に変化したような不思議な姿で、花火の夜景に同化している。
あまりにも異質な姿であったので、息を呑んだ。
ガルガ国王が目にしたのは、暗殺者集団「鵺」の「蛇」。
直行の依頼を受けて、ガルガ国王の命を狙っていた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません
「直行さん♪ 今日行ったお寿司屋さん、厨房の雰囲気がギスギスしていて最高でしたわね♪」
「エルマが〝シャリだけ〟だの〝ギョク〟だの変な注文するからだろ」
「〝シャリ〟とだし巻き卵はお寿司さんの実力が分かると言いますわ♪ きっとあたくしを〝ただ者ではない客〟と思ったはずですわ♪」
「でもその後に海老マヨネーズなんか頼むから、板さん混乱してマヨネーズかけるの忘れちゃったじゃないか」
「海老マヨ軍艦を注文したら、ただの海老の握りが来たから、マヨかけてください♪ って言ったら、マヨかけてくれましたわ♪」
「からかってるのだと思われたんじゃないのか? 職人を試すような真似は下品だぞ」
「おかげでお寿司屋さんの定番プリンを食べ損ねてしまいましたわ♪」
「次回の更新は9月8日を予定しています。『回れ! まっぱ寿司』お楽しみに」
「……なんかタイトルが違う気がしますわ♪」




