494話・ガルガの贅沢な絶望
「ぬ……!」
影武者の視界を共有していたガルガ国王は、苛立ちを募らせていた。
「まただ。また、余の関知せぬところで物事が進んでいく……」
それは、彼の人生に絶えず付きまとっていた宿痾のようなものだった。
◇ ◆ ◇
──気づいたときにはもう遅く、状況にあらがう術は何もない。
──どうして誰も言ってくれなかったのか!
王子に対する気遣いや、ことを荒立てたくない家臣たちの心情は理解できるものの、ガルガに対し誰ひとり忠告してくれないことを恨んだ。
──そんなことの、くりかえしだった。
──俺が魔法の才能に恵まれなかったことさえ、問いたださねば誰も教えてはくれなかった。
ガルガ・スノールのこれまでの人生は、劣等感と秘密にまみれたものだった。
もっとも、その秘密を抱えているのは当人ではなく、弟や側近をはじめとする近しい者たちだ。
第一王子である彼にとって都合が悪いと思われた情報は、決して伝えられることはなかった。
異界から転生したトシヒコやヒナ一行が、魔王討伐に乗り出した話も、最終段階になってようやく伝わったくらいだ。
既得権益の最上位の子息ともなれば、自らがアンテナを張り巡らさない限り、情報の伝達速度は遅い。
後に『ガルガ皇太子廃嫡未遂事件』として歴史に刻まれるクーデター未遂事件は、当初ガルガ本人には全く秘された事実であった。
それが本人の知るところになったのは、現在の腹心であり、〝七福人〟筆頭のネオ霍去病との出会いだった。
◇ ◆ ◇
ガルガ国王がネオ霍去病と出会ったのは、即位後約1年を過ぎた頃だった。
宮廷魔術師ソロモンの紹介で王宮を尋ねてきた青年は、蛇のような鋭い目をしていた。
「ネオ霍去病と申します。宿命通の使い手で、あらゆる過去を見通すことができます」
一見すると小奇麗な恰好をしていたが、身に着けている衣服は安物で、さほど裕福な環境ではないことが見て取れた。
「ほう……『六神通』の使い手とな」
この世界には『六神通』と呼ばれる特殊能力がある。
あらゆるものを見通せたり、他者の心が読めたりと、その持ち主は比類のない能力を得る。
過去の持ち主の多くが、歴史に大きく名を残している。
クロノ王国正史によれば、王家の始祖や中興の祖、伝説的な宰相などが『六神通』の持ち主であったと伝えられている。
その一方で、大規模な反乱の首謀者や国家を震撼させたテロリストなどの大罪人の中にも『六神通』の使い手がいたという。
ネオ霍去病と名乗った若者は、過去が見通せると言い放った。
「ソロモンよ。その者は確かに『宿命通』の使い手なのだな。市井には自身を売り込むために『六神通』を自称する兵法者も多いと聞く」
「では、陛下に畏れながら申し上げます……」
過去を見通す能力を持つ、ネオ霍去病から秘された事実を語られて、自身にまつわる秘密が全て明らかになったときは、天地が崩れ落ちるほどの衝撃を受けた。
魔法の才能こそないものの、恵まれたと思っていた能力全てが無になったような気がした。
「俺は弟に庇われていた」
絶望しかなかった。
それは今日を生き伸びることに必死な者たちにとっては、贅沢な悩みだろう。
生まれつき魔道の才能に恵まれなかったガルガ王子は、弟ラーに劣等感を抱いていた。
魔法が使えなくても王位には就ける。
歴代の国王の中でも、非魔力者は少なくはなかった。ただ、弟の才能は1000年に1人と言われるほどにずば抜けていた。
どれほど努力してもガルガが決してできなかった魔道を、弟はいともたやすく修めてしまう。
自尊心の強い彼にとって、「できない」ということは苦痛だった。
「才能は人それぞれ。王たるものは人材を使いこなすことこそ肝要です」
「ガルガ殿下は帝王学をお納めください」
周囲はそう言って慰めてくれた。しかしその一方で、宮廷魔術師たちは皇太子ガルガを廃し、第二王子ラーを立てる陰謀を巡らせていた。
宮廷魔術師たちが〝魔道の天才〟ともてはやした弟ラーを擁立しようとした陰謀は、皮肉なことに担がれるはずだったラー本人に陰謀が漏れてしまい、未遂に終わった。
「くれぐれも兄、ガルガ皇太子殿下を補佐してください。たとえ万が一があろうと、私は還俗しません」
陰謀を未然に察知したラーだが、ことを公にすることはなかった。
首謀者を処断することもなく、自らが聖龍教会に出家することで幕引きを図った。
何ひとつ知らされなかったガルガは、質実剛健な国王になるために、自ら騎士団に入り、研鑽に努めたのだ。
「良き王となるために!」
ところが、ちょうど時を同じくして、世界には激震が走った
時系列的には、弟ラーの出家、先代法王の逝去、ラーの法王選出、クロノ王国父王の逝去、ガルガの即位、トシヒコによる魔王討伐という、歴史的にも類を見ない重大事件が、ほぼ時を同じくして起こった。
父王の葬儀の席で飛び込んできた魔王討伐の第一報に、その場のだれもが驚いた。
本来であれば、父王の補佐をしながら帝王学を学ぶはずだったガルガ皇太子が、思いのほか早く国王の座に就いた。
これだけならまだ想像の範囲内ではあった。
しかし、弟ラーの法王選出と転生者トシヒコによる魔王討伐は、予想外だった。
ガルガは皇太子として帝王学を学んでいたため、自身が歴史を作っていくという気概が人一倍強かった。
王が時代を切り開き、歴史を動かす。
たとえ魔法の才能に恵まれなくても、自分ならできる。
野心に満ちた若き皇太子は、大いなる気概を持って、治世に臨む。
ところが、事態は自分のあずかり知らぬところで動いてしまう。弟や、素性の知らない〝転生者トシヒコ〟などという者が時代を変えていく。
──気づいたときにはもう遅く、誰も何も言ってくれなかったことを恨んだ。
──そんなことはもう、うんざりだった。
「影武者などを出させるべきではなかった。去病につなげ! 余が出るぞ」
ガルガは雷鳴のような声を張り上げた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「9月1日といえば新学期ですわ♪」
「今日は防災の日でもあるから、始業式終わったら避難訓練やるのよね」
「小夜子さんの時代は切実でしたわよね♪ 竹やりと防空頭巾で鬼畜米英から貞操を守らなければなりませんでしたから♪」
「竹やりなんて持ったことないし、戦争はとっくに終わっていたわ!」
「でも防空頭巾って言ってたでしょう♪ いまは防災頭巾ですわ♪ 」
「ううっ……。言ったかも防空頭巾……」
「次回の更新は9月3日を予定しています♪ 『飛翔! 空からの落とし物』お楽しみに♪」




