492話・諸侯の思惑と法王をめぐる世界情勢
夜空にいくつもの花火が上がる。
湖上で起きた諍いなど、なかったかのようだ。
夜の湖に設けられた宴席には、各地の名だたるシェフたちの料理と希少な酒が華やかに彩りを添えている。
しかし2大陣営、勇者自治区とクロノ王国は、一瞬即発の状態になりつつあった。
一見すると華やかな饗宴でも、水面下では異界人をめぐる諸侯たちの駆け引きや打算が渦巻いている。
◇ ◆ ◇
──諸侯たちは、花火の下で声を潜める。
「あれが異界の花火というものですか。荘厳ですねえ」
「魔法と火薬。すぐに軍事転用が可能ですな」
「勇者自治区も、火薬と魔法の融合は当然実用段階なのでしょう……?」
「すでに建築現場では使われているようですぞ」
「……しかし異界人め。これ以上いいようにされてたまるか」
「当家とすれば、不確定要素の多いロンレア領よりも、クロノ王国の傘下に入ることを考えねばなるまい」
「さてもさても、勇者とアニマ王女の結婚で、われわれも身の振り方を考えねばなりませんなァ……」
「仕掛け人の〝恥知らず直行〟は、何を企んでいることやら……」
「噂では暗殺者集団〝鵺〟の頭目〝猿〟の地位を襲名したとか……」
「……恐ろしい恐ろしい」
「〝恥知らず〟に〝鬼畜〟の夫婦。ロンレアはこの世界の病巣だ」
「しかしクロノ王国に取り入るにせよ、異界人の技術者との接点ができてしまうのが悩ましい。どうにか異物を使い捨てられないものか……」
「勇者自治区とクロノ王国が結びついたら、異界人排斥者は法王庁を頼るしかない……。あの法王は異界人の女と酒なんか飲んでいるようだが、大丈夫なのか?」
社交辞令と美辞麗句の裏では、各国の思惑が交錯していた。
◇ ◆ ◇
「法王猊下。クロノ王国とトシヒコたち以外にも、ちょっとキナ臭くないですか……って、あたしが心配することじゃないんですけどね」
知里は言いかけて、肩をすくめた。
彼女は勇者パーティから脱走した挙句、クロノ王国からも危険人物として指名手配され、目の前の法王からも最もマークすべき人物だと目されている。そんな自分には彼らを心配する筋合いはなかった。
戸惑う表情を見せた知里に、ラーは微笑を禁じ得ない。
「勇者殿は落ち着いておられます。女賢者殿と錬金術師殿がやや怒っているようですが、さほど心配にはあたらないと思います」
法王ラーは、その能力『天耳通』で、各人の様子を伺っていた。
あの場にいるのは、兄ガルガではなく影武者。そして妹アニマも取り乱してはいない様子だ。
勇者トシヒコも、滅多なことはしないと思われる。
「知里の言う通り、それよりも気になるのが諸侯たちの思惑ですね……」
心が読める知里とは異なるものの、ラーの『天耳通』はどんな音でも聞き逃さない能力だ。
法王として多くの信徒の祈りを耳にするため、その能力は鍛え上げられている。
視界内であれば、意識が行き届く限り、同時に何人でも声や物音、ため息や心音にいたるまでを聞き分けることができた。
「諸侯たちの囁きが不穏です」
本来であれば、このような席では他愛のない話題に終始するものだが、今回は違った。
王侯貴族や諸侯たちにとって、これほどの大規模な晩餐会は魔王討伐の祝勝会と、勇者一行の爵位拝領の晩餐会以来6年ぶりのことだ。
この6年の間に、世界情勢は大きく変わった。
勇者自治区は現代科学を魔法によって再現した、異界人による一大勢力へと飛躍した。
クロノ王国もまた、異界の技術を吸収しながら、独自の価値観を持つ軍事国家へと変貌しつつある。
ロンレア領の領主の娘エルマは、異界人の夫・直行を得て、勇者自治区と法王庁に上手く取り入りつつ、急速に発言力を増している。
一方で、そうした急激な社会変革に取り残された人々にとって、救いとなっているのが聖龍法王庁だ。
社会が豊かになる一方で、異界の文化や風習がこの世界の道理を壊していく。我が物顔でのさばる転生者や被召喚者たちを快く思っていない者は少なくない。
――そうした〝時代に取り残された〟人々にとって、聖龍教会は心のよりどころであるべきだ。
先代の法王ほど過激に異界人を排斥しないものの、法王ラー・スノールは、聖龍教会の役割をそう認識していた。
その一方で、法王としての立場とは別に、自分の力だけを頼りにこの世界を自由に渡り歩く冒険者の知里は、ラーにとっては何のしがらみもなく、心を許せる存在だった。
だがやはり、信徒や幹部たちの間には異界人を快く思わない者が多い。
さすがに今、法王の客人である知里に対してあからさまな態度は見せないものの、内心では当然のように彼女に対する嫌悪感やラーに対する疑惑の念、不平不満がくすぶっているようだ。
若き法王自身も逆風は承知のうえで、知里を客に迎えたのだ。
「法王猊下もご苦労が多いのですね……」
さまざまな人々の暗い内心の渦に晒された知里が、ラーを慮った。
勇者トシヒコとクロノ国王、そしてこの若き法王が、この世界の最重要人物であることは疑いない。
しかし老獪で享楽的な勇者トシヒコや野心溢れる〝青嵐の国王〟ガルガと比べると、法王ラーが何を望んでいるのか、どこを目指しているのかが、知里にはよく分からなかった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「これは異世界に伝わる伝説の調理法ソーラーバーベキューですわ♪」
「太陽光で熱したトタン板を鉄板の代わりにするのね! ボートを湖の真ん中まで移動させれば、水泳と焼き肉が同時に楽しめるのね! ソーラーパワーだから地球にも優しいわ」
「さすが小夜子さん♪ よく分かっていますわ♪」
「……食品衛生管理法的に完全NGじゃん。リアルでやったらダメなやつじゃん……」
「……って、待て。そもそも作中じゃいまは夜だろエルマ」
「だから次回予告で紹介したんですわ♪ 知里さん♪ 火炎魔法で焼いて下さいよ♪」
「それだと普通に焼き肉のような気もするけど……」
「次回の更新は8月28日を予定しています♪ 『夏の終わりに魔法のBBQ』お楽しみに♪」




