491話・静観する者たち
「あ……」
勇者自治区の席では、高級官僚や幹部たちが青い顔で諍いの様子を伺っていた。
「何かヒナさまたち、言い争ってるっぽいっすね」
アカザエビの殻を器用に取り除きながら、アイカは言った。
左肩にあるハイビスカスの刺青がトレードマークの彼女は被召喚者だ。ヒナに高名な女性官僚と間違えられてこの世界にやってきた元不良でもある。
現在ではヒナの秘書兼専属美容師として、身の回りの世話を担当している。
「外交的に、マズいんじゃないかこの事態は……」
事態の詳細までは分からないが、小夜子を巡り、トシヒコとヒナがトラブルになっている様子は遠くからでも見て取れた。
「……トシヒコさまやヒナさまにとって、小夜子さんは最大の泣き所だ。最終的には外交関係よりも、あの人を取ってしまう」
「そもそも小夜子さんが公職につかないで勝手にスラム街で炊き出しなんかやるから面倒なことになるんだよ」
しかし勇者自治区の高官たちには英雄たちを諫める勇気も、止める武力も持ち合わせてはいなかった。
「頼みの綱はミウラサキさまだけど、あの人ちょっと人が良すぎて頼りない部分があるし……」
勇者自治区の高官たちは、頭を抱える。
「ウチが行って、みんなを黙らせて来るっすよ」
そう言ってファイティングポーズを取るアイカ。
「アイカさんまで行ったら、収拾つかなくなります」
クロノ王国と勇者自治区の諍いは、側近たち同士にも飛び火しかねないような雰囲気になってきた。
◇ ◆ ◇
「いいえ。これは……」
一方、クロノ王国とは離れた位置にある直行たちの陣営は、やや遅れてから勇者一行と〝七福人〟たちの諍いを察知した。
警備の責任者の一人でもあるレモリーは、風の精霊を使い、直行にその旨を報告した。
「トシヒコさんたちとクロノ王国がトラブルか……」
直行は会場を一望できる見張り台に移動し、クロノ王国の長テーブルに目をやった。
「はい。食べ物を粗末にしたと小夜子さまが注意したことに端を発し、トシヒコさまとサナ・リーペンスさまが険悪な状態です」
レモリーの言うように、トシヒコと女錬金術師がにらみ合い、ヒナと小夜子が顔を見合せている。
遠目からではトシヒコたちがあいさつをしているように見えなくもないが、警備の騎士たちに緊張が走っている。
「トシヒコさんとクロノ王国じゃ、俺たちがでしゃばるわけにもいかないだろう……」
しかし直行もまた、どうすることもできなかった。
諸侯たちのいざこざならばいざ知らず、両者はこの世界を三分する陣営のうちの2つだ。
直行たちにとっては、下手に仲裁して機嫌を損ねられでもしたら、弱小ロンレア領など途端に消し飛んでしまうほどの両者であった。
「ですが直行さん♪ 主催者がトラブルを放置するというわけにもいかないでしょう♪」
突然、エルマが会話に割りこんできた。
彼女もまた、クロノ王国のテーブルでの異変に気づいて通信機をセットしたようだ。
見張り台の直行と、オープンスペースのレモリー、諸侯たちの末席に位置するエルマと、それぞれ離れた場所から風の精霊を利用した通信を行って話し合った。
「だったらエルマ、ここはまたひとつ歌でも歌って、あの場を和ませるか?」
「嫌です♪ 元プロ歌手のヒナさんに、あたくしのお歌を聴かれたくはありませんから♪」
エルマはにべもなく断り、生ハチミツ入りのマンゴーラッシーをすすった。
ズルズルという音が直行の耳に入り、思わず彼は顔をしかめた。
……珍しくタピオカじゃないんだな。
──それはともかくとして……。
「レモリーは引き続き注視していてくれ。彼らもいい大人で国家の要人だし、滅多なことにはならないと思うけど……」
──現状、静観しかないか。
直行は法王庁のテーブルに座る知里に目をやった。
法王ラー・スノールと談笑しているかに見える彼女だが、〝七福人〟たちとは不穏な因縁を抱えている。
──そしてまた夜空に大輪の花が咲く。まるで人間同士の因縁など無関係だと言わんばかりに。
誰がどこで爆発してもふしぎではない状況に、直行は冷や汗をかいた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「8月22日は〝金のしゃちほこ〟の日ですわ♪」
「しゃちほこって名古屋城の金シャチか? なんで8月22日なんだ?」
「名古屋市の市章が〝丸八〟なのと、金のしゃちほこが〝2〟に見えるからですって♪」
「名古屋民ならともかく、全国の人には伝わりにくい記念日じゃないか」
「ちなみに一対に使われた金の重量は88キログラム♪ つぶしたらおいくら万円でしょうね♪」
「つぶしちゃダメだろ」
「次回の更新は8月25日を予定しています♪ 『金シャチを盗んだネコチ』お楽しみに♪」




