48話・圧倒的な実力差と、あきらめの悪い奴ら
マナポーションをめぐる街道沿いの攻防は、膠着していた。
戦局はいたってシンプルだ。
・積み荷を奪われたら俺たちの負け。
・騎士団があきらめて退散すれば、とりあえず俺たちの勝ち。
俺は状況を再確認する。
まず、荷台のマナポーションの守りは鉄壁だ。
小夜子が強力な障壁を張っているので、物理も魔法も通さない状態となっている。
飛竜に騎乗した騎士たちが力づくで突破しようとするが、なすすべもない。
「くそっ、この障壁は破れん」
「物理も魔法もダメだ」
「魔力無効化も効かない……これ『特殊スキル』じゃないか」
騎士団の槍、飛竜の爪や牙、そして魔法をものともしない障壁に、彼らは苛立っていた。
小夜子は少し恥ずかしそうにしながらも、口をへの字に結んで荷台を守っている。
「特殊スキル『乙女の恥じらい』で張ったバリアは、カンタンには破れません。いい加減にあきらめてよ!」
一方、戦士ボンゴロと盗賊スライシャーは、負傷者を隠している光学迷彩(?)の前に、それとなく立ちはだかっている。
負傷者を治療するネンちゃんは年端もいかない女の子だ。
絶対に守り抜かなければならない。
エルマは、荷台から少し離れたところにうずくまり、外套に一心不乱に何かを書いている。
ここからでは分からないが、サインペンのようなもので外套にびっしりと文字を書いている。
こいつが何を考えているのか、いまひとつ分からないところではあるけれども……。
そして知里は紅い髪の女隊長リーザ・クリシュバルトと一騎打ちを始めた。
「異界人の冒険者風情に、神聖騎士団の威光は汚させない!」
「暑苦しいわね……」
「異世界から土足でやってきて、英雄気取りで我らの信仰をも否定する不埒者ども!」
「それはあたしじゃない! 勇者トシヒコと、賢者ヒナ!」
刺突剣に魔力付与武器の術法を施し、光のオーラをまとったリーザの細身の剣は、物理でありながら魔法ダメージをも与える。
その剣技は、冴え渡っていた。
しかし、他人の心が読み取れる上、回避能力に長けた知里には通じない。
超レアスキル六神通の一つだという『他心通』は、まさにチート能力だ。
さらに魔法銃で物理剣技の「突き」をはじくという、おおよそ人間技とは思えない芸当をやってのけている。
しかもあの銃、俺も使ったけど連射なんてできなかったぞ……。
「『元』とはいえ、さすが魔王討伐軍の主力! 何という反応速度だ」
「圧倒的な実力差を見せれば、心がへし折れると思ったけど、意外にタフじゃん」
知里は敵を圧倒している。
しかし、法王庁とのトラブルを最小限に抑えるため、傷つけるわけにもいかず、防戦一方だ。
「タフっていうより、鈍感なのかな」
「騎士に恥をかかせる気か! 殺す気で来い! できないのか臆病者め! 私を殺してみろ!」
リーザ・クリシュバルト子爵は激昂し、その紅い髪を振り乱しながら、派手な剣技や神聖魔法を放つ。
しかし我を忘れた彼女の攻撃は単調だった。
知里はさっきよりも涼しい顔で攻撃をかわしている。
「勝ち目がないんだから兵を引きなさいよ!」
「ふざけるなァ!」
「嫌よ。法王庁の立場なんて知ったことじゃないけど、アンタ等を殺したら禍根が残る。面倒だけど、殺さないでおいてあげるわ」
知里の言い方……。
これはこれで、禍根を残しているような気がするけどな……。
いぶきは、それらを遠目で見ながら何かを考えている様子だ。
俺はこの状況下、なすすべもなく傍観していた。
……。
その時だ。
「ぎゃぺっ!」
「……? コイツらは、弱いぞ」
悲鳴を上げたのは、戦士ボンゴロと、盗賊スライシャー。
飛竜騎士団の一部が、槍の柄で殴りつけたのだ。
小夜子が守っている積み荷には一歩も近づけないので、腹いせにちょっかい出したのかもしれない。
攻めあぐねていた騎士たちは、「隙」を見つけたのだ。
荷台を守る小夜子は動けない。
障壁が有効な範囲は限られており、彼らまではフォローできないようだ。
そしてその後ろには、負傷者が隠れている。
マズい……!
「このお、やめるんだお!」
「させるかよぉ!」
ボンゴロもスライシャーも、抵抗するのが精いっぱいだ。
神聖騎士たちは意に介さず、2人を跳ね飛ばした。
「隊長、こいつら地面を描いた布で、まだ何かを隠しています!」
騎士団員がリーザを呼ぶ。
しかし、彼女は知里との一騎打ちで、それどころではない。
ただし、知里もまたボンゴロやスライシャー、そして負傷者たちまでのカバーはしきれない。
「……くっ!」
俺は、積み荷の方に駆けていった。
俺に戦闘スキルはなく、何ができるか分からない。
けれども、負傷者と女の子は守らなければならない。
それは、絶対だ。
しかし、決意をこめて走り出した動線上に、キャスケット帽とメガネ姿で少年に変装したエルマが、すっくと立ちあがっていた。
「もういいでしょう。この場は、あたくしが納めさせていただきますわ」
エルマはびっしりと文字を書き込んだ外套を2着ほど持っていた。
いったい何をどうするつもりなのか、俺には見当もつかなかったが。




