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487話・発端

挿絵(By みてみん)


 打ち上げ花火が夜空を彩る。雷のような轟音とともに、色とりどりの火花が放射線状に円を描き、静かに消えていく。


「おおー」


 天高く上がる閃光や、水面スレスレを這うように舞う光弾、鮮やかな炎と光の軌跡は、夜空に自由自在に絵筆を走らせているかのようだ。


 それぞれ出自の異なる勢力からも、一様に感嘆の声が上がった。


「それでは、花火をご覧いただきながら、皆様には贅を尽くした山海の珍味をご賞味いただき、すばらしき一夜の饗宴をお楽しみください!」


 司会役の直行の号令に合わせ、派手に打ち上げられる花火。晩餐会は始まった。


 勇者トシヒコとアニマ王女の婚約発表を終えた会場は、にぎやかな饗宴の場となった。


「はい。こちらはロンレア領産のマンゴーワインでございます」


 諸侯たちの談笑が始まる。ディンドラッド商会に紛れて接待役を務めるギッドやレモリー、魚面といったロンレア領の主要人物たちも諸侯たちへの歓待に追われている。


「気張るでしゅー!」


 オープンキッチンは『異界風』のオーナーシェフ、ワドァベルトをはじめとした百名近い料理人たちが腕を振るい、戦場のような慌ただしさの中で手際よく調理をこなしていっている。


 そうした中で、クロノ王国、法王庁、勇者自治区が座る長テーブルには、従者たちによってコース料理が届けられていく。


 メニューは三勢力各種から食材を集め、それぞれの文化を代表するような料理の数々。


 法王庁の高官や勇者自治区の技術官僚たちも、異界の花火に目を奪われ、未知の料理の香りに好奇心をそそられた。


 要人たちに御されるコース料理に加えて、お付きの人たちも自由に食べられるビュッフェ形式もあり、それぞれが好きなように異なる食文化を楽しめるようになっていた。


 たとえば前菜の盛り合わせでは、中央湖に面した勇者自治区やロンレア領の水産物、法王庁で獲れた希少なキノコや山菜、ハーブの各種などがふんだんに使われた。


 調理法も、それぞれの食文化の第一級の料理人たちが腕によりをかけ、贅を尽くした品々が食卓を彩る。


「ふん。どれも軟弱な料理であるな……」


 ガルガ国王の影武者は、もっともらしいことを言った。


 クロノ王国の人体改造技術と、ネオ霍去病の記憶操作により、ガルガ国王の肉体と記憶の一部を与えられた影武者の正体に気づいているのはきわめて少数の者たちだ。


 そうした禍々しい技術の一方で、クロノ王国は質実剛健を指針とする武断政治の国でもある。国王ガルガは一般的には武人として知られ、若い騎士たちが政治の中枢を担う。


 旧王都から引き継いだ宮廷料理も存在するが、華やかな宮廷文化とは一線を画し、繊細な料理は敬遠される傾向があった。


 革新的な新進国家で新技術を取り入れているものの、パンと獣肉が主体で、調理もいたってシンプルだった。


 彼らの用意した料理は、厳選した獣肉に岩塩と香辛料をまぶし、直火で焼き上げたものに、果実のソースを合わせる。そこに付け合わせ程度に温野菜が乗り、季節の花々が食器を彩る。


 勇者自治区や法王庁のような手の込んだ繊細な料理ではないものの、若き武人たちが喜びそうな豪快な一品。


 希少な部位であるヒレ肉の中央部分も、ふんだんに用意されていた。


 クロノ王国には電化製品はないものの、浄化魔法と氷属性魔法を応用した生鮮食品の保存方法は確立されつつある。


 ガルガ国王の座る長テーブルでは、七福人や近衛騎士たちがそれぞれの特色あふれる料理を味わっていた。


 それは表面的には、きわめて平穏な異文化交流の饗宴風景だったはずだ。


「あの花火ってやつは、派手でいいぜ」


 緩急をつけて上がる花火に、素直に感嘆するグンダリの心に偽りはなかった。


 ──しかし運命の歯車は突然、ささいなキッカケから大きく狂い、動き出すことがある。


 後世の歴史には決して残らないものの、きわめて重大な歴史の転換点だった。


「思ってたのと味が違う! マズっ! これマッズ!」


 ネオ・ゴダイヴァこと錬金術師サナ・リーペンスが放った一言は、主観に基づく、きわめて個人的な偏見による感想にすぎなかった。


 彼女がバジルソースだと思って食したソースは、香菜で作られたチャツネ風のソースだった。


「これ下げて! マジ無理! 食えたもんじゃない!」


 従者を呼びつけ、小皿を叩きつけるように乱暴に手渡した。


「緑色のソースは気持ち悪いですね」


 それを見ていた近衛騎士の数名も彼女に同調し、同様に小皿を下げさせた。


 各国の要人だけで100人近くが集まる晩餐会だ。当然、人々の好き嫌いはあるだろう。


 勇者自治区の料理人たちは事前に苦手なもの等を知らせるアンケートを取ったものの、すべての要人から返答を得たわけではない。


「おいグンダリ、これ食ってみろよ」


 その様子を見ていた巨漢、パタゴン・ノヴァがふざけた調子で獣肉の切れ端をチャツネソースにつけたものを、隻眼の騎士グンダリに差し出した。


「大男に餌付けされる筋合いはねぇ!」


 それをはねのけるグンダリ。勢いあまって宙を飛んだ肉片はネオ霍去病の足元に落ちた。


「馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てて肉片を蹴り飛ばすネオ霍去病。


 給仕をする、クロノ王国の従者たちは異変に気づいてはいたが、見て見ぬふりをした。


 クロノ王国七福人の中には、出自の怪しい者たちもいる。テーブルマナーを注意して逆鱗に触れでもしたら、命はない。


 従者たちはそれとなく獣肉を拾い上げ、捨てた。


 これらの一部始終を、小夜子とヒナ・メルトエヴァレンスは目撃してしまった。


 次回予告

 ※本編とはまったく関係ありません。


「8月10日は焼(や=8)き鳥(と=10)の日ですわ♪ 皆さんは焼き鳥といえば、どの部位がお好みですか♪ あたくしはもちろん甘々なつくねですわ♪」


「俺は王道のもも肉だな。炭火で焼いて塩で食べるのがいい」


「模範的なオッサンの回答ですわ♪ 昭和の小夜子さんは焼き鳥はどうですか?」


「わたしはカシラが好きだわ。豚肉だけど」


「エスニック好きなあたしはサテなんかも好きね」


「サテ? サテって何ですか直行さん♪」


「インドネシアのジャワ島とかで食べられる焼き鳥だな。香辛料や甘辛いピーナツのソースで食べる。鶏の他にも牛や山羊も知られているな」


「へー。知里はよく分からない名前の食べ物を食べるわねー」


「まあね」


「さて、次回の更新は8月13日を予定しています。『狼藉』お楽しみに」

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