486話・そして打ち上げ花火は上がる
「これより勇者トシヒコ様から重大発表がございます。皆さまは着席をお願いいたします」
司会進行を務める直行は、もう一度繰り返した。
ステージの上に登場したのは、勇者トシヒコ。スポットライトに照らされて、細いシルエットを浮かび上がらせている。
魔王を倒し、世界を変えた男は、着崩したタキシードで飄々とした様子だが、眼光は鋭い。
勇者は道化師のようなステップを踏んだ。長テーブルのガルガ国王、アニマ王女をはじめ諸侯たちの反応を楽しむように、あるいは挑発するように。
クロノ王国の精鋭たちや諸侯たちは、固唾を飲んで勇者の一挙手一投足に注目している。
勇者自治区の席からは、まばらな拍手が起こる。
トシヒコは直行から精霊石のマイクロフォンを預かると、軽くハイタッチを交わして客席に語りかけた。
「どうもこんばんは。俺がトシヒコだ。いい月の夜だな。こんな夜に、新たな妻を娶る報告ができることを嬉しく思う」
芝居がかった口調で、満月を背に言った。
「……新たな、妻?」
諸侯たちからはどよめきが起こった。
ステージの上には、ドレスの女性が立っていた。アニマ王女だ。何が起きたのか本人もよく分かっていない様子で、キョトンとしている。
トシヒコは恭しくひざまずき、頭を垂れている。
「何が起きた……?」
「……アニマ王女殿下?」
「!!」
警護の騎士たちは言葉を失っていた。アニマ王女から片時も目を離さなかったはずなのに、気がついたらステージの上に立たされている。
近くにいた七福人も、一様に驚いていた。
七福人きっての巨漢パタゴン・ノヴァと隻眼の騎士グンダリは顔を見合せた。
「なあグンダリ。勇者の奴、どうやって姫様をステージに上げた?」
「勇者どのは重力を操るって聞いたけどよ、ジュウリョクって何だ?」
超人的な武力を持つ彼らには、それが勇者の仕業であることまでは分かった。
「魔法、ではない。彼は『天元通』によって自在にスキルを組み替えることができる。その力であろう……」
死霊使いソロモンは、眉根にしわを寄せた。魔法に精通する彼としても、トシヒコの能力は脅威でしかなかった。
「…………死ね」
一方ネオ霍去病は、持っていたシャンパングラスを床に叩きつけ、割った。蛇のような形相で、ステージを睨み、呪詛の言葉を吐いた。
割れたグラスに気づいた従者たちは、何事もなかったように割れたガラスを片付ける。ネオ霍去病が故意にグラスを割ったことなど、彼らは知る由もない。
「…………」
ガルガ国王の影武者は、虚ろな目で、ステージを見ていた。
彼の眼に埋め込まれたスキル結晶は、ビデオカメラのような特質を持っている。影武者が見ているものは、リアルタイムで飛行船の中にいる本物のガルガ国王に送られる。
「瞬間移動か……?」
「余興だろ、たぶん……」
会場のどよめきが大きくなっていた。ようやく何が起こったかを理解した諸侯たちが口々に呟いている。
ステージの上では、勇者トシヒコがアニマ王女に相対してひざまずいている。
「…………」
法王ラー・スノールは、その様子を無言で見ていた。
彼の能力『天耳通』は、視界内全ての音を聞き洩らさない。並外れた修練によってその能力は研ぎ澄まされ、呼吸や心音のような微細な音でも聞き取ることができた。
知里の『他心通』ように、直に心が読めなくても、ラーは呼吸や心音から、その人の精神状態を読み取ることができる。
妹のアニマ王女の鼓動は高まっている。
「勇者様。この度は共に素敵な催しに参加できたことを嬉しく思いますわ」
アニマ王女は、言った。彼女は決して微笑みを絶やさない。なので誰しも心の奥底では何を考えているのか分からない。
この場では、ラーと知里だけが彼女の心を知っている。
「このよき夜に、王女殿下に、謹んで申し上げます。どうか私めの妻になってください」
トシヒコは手品のように薔薇の花束を取り出してアニマに捧げた。芝居がかった動作に、アニマ王女もまた大げさな身振りで応える。
「喜んで!」
花を受け取るアニマ王女。
会場がどっと沸いて、拍手が鳴り響く。
その様子をステージの真下でじっと見ていた直行は、冷や汗が止まらなかった。
(……ああ、びっくりした)
直行にとって、勇者トシヒコの一連のパフォーマンスは想定外だった。司会進行役として、入念な段取りをしたつもりだったが、勇者本人を交えてのリハーサルは、勇者側の多忙を理由に実現できなかったのだ。
おおよその進行は伝えておいたものの、勇者の行動は出たとこ勝負な部分があり、相当に肝を冷やした。
◇ ◆ ◇
すっかり暗くなった夜空に、大きな花火が上がった。
勇者自治区が誇る建築魔道士たちが見せる魔法と火薬のハイブリッド花火が、色鮮やかに夜空を彩る。
「おお!」
日本最大の花火と言われる四尺玉には足りないものの、夜空を覆い尽くさんばかりの火の粉と光弾は、流星のように湖の水面に降り注ぐ。
「わあああ」
耳をつんざく爆音と、夜を彩る火の粉。
多くの人にとって、それは初めて目にする光景だった。
「……子供のころ、親に連れられて見たっけなあ……前世だけど」
現代日本からの転生者たちも、歓声が上がった。
こうして、勇者トシヒコとアニマ王女の婚約発表は、さしたる波風もなく遂行された。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「8月7日は〝花の日〟ですわ♪」
「花火回に相応しいけど、〝鼻の日〟でもあるな」
「〝バナナの日〟でもあるそうね」
「花でも鼻でもバナナでも語呂合わせしやすい日なんでしょうね♪」
「次回の更新は8月10日を予定しています」




