485話・饗宴外交
法王庁の長テーブルでは、法王ラー・スノールと知里が楽しそうに談笑していた。
周囲の高官たちはピリピリしているが、法王は意に介さないようだ。
◇ ◆ ◇
その様子を後ろから見ているのは、フリースペースである丸テーブルを囲むヒナと小夜子。かつて共に魔王討伐のパーティを組んだ者たちだ。
「ねえ、ヒナちゃん。あの2人イイ雰囲気じゃない?」
小夜子は嬉しそうに言った。
「知里は少し、困っているようだけど」
事実、ラーと知里は法王庁高官たちから煙たがられていた。
心が読める知里にとっては、少々居心地の悪い席のようだ。
「わたしとヒナちゃん、近所のおばさんみたいね」
ラーと知里の初々しい雰囲気を眺めながら、小夜子は笑った。
「変なこと言わないでよ、ママ。それにしても……花火大会のディナーはコースに加えてビュッフェ形式なのには驚かされたわ」
「わたしは、コースよりもビュッフェの方が好きだな。おかわりを食べるのに恥ずかしくないし、好きなものを好きなだけ食べられるから!」
ヒナと小夜子は、オープンキッチンで調理されている各国の料理から、それぞれ何品かを小皿に取り分けて、丸テーブルに持ち帰っていた。
ヒナはロブスターのビスク風ポタージュをスプーンですくう。中央湖で獲れた活きのいいロブスターを殻のままソテーしたものを、ワインや香草と煮込んで裏漉ししたものに、クリームを加えたものだ。
今回の饗宴のために、勇者自治区が誇るレストラン〝アエミリア〟の料理人チームが腕によりをかけて作った現代料理が食卓を飾る。
甘鯛のクルスティアン。蕪のナージュ仕立て、牛フィレ肉とトリュフを合わせたロッシーニ風など、メインディッシュはどこまでも華やかで気品のある一品たちだ。
「よォ! 俺様の愛するヒナちゃんと小夜ちゃん、こんなところにいたのかい?」
丸テーブルにやって来たのは、勇者トシヒコだった。シャンパングラスを無造作につまみ、素揚げにしたアーティーチョークをかじりながら、飄々とやってきた。
「ちょっとトシ! 歩きながら食べない! 飲まない! パーティーの主役なんだから、ちゃんとしてよ!」
ヒナの小言を流して、トシヒコは2人の間に座った。
「しかしあの〝恥知らず〟の色男は、大胆不敵だな。普通、世界の首脳陣が集まる場でバイキングはねえだろうっての!」
「バイキングじゃなくて、ビュッフェ!」
「どっちでもいいよそんなん。ヒナちゃんは何怒ってるのさ」
「あなたは何人目の奥さんをもらうつもりなのよ! しかも相手はお姫さまじゃない! 〝恥知らず〟を言うなら、トシだって恥を知るべきよ。内政もほったらかしで」
ヒナとトシヒコは、一緒にいると口論になることが多い。
とりわけ、トシヒコがハーレムを作り、人工島〝パーム・ジュメイラ〟を模して作った宮殿に引き籠るようになってからは、ヒナの不満はたまる一方だった。
「トシちゃん。ビュッフェでもバイキングでも、どうしてダメなの?」
小夜子はそんなヒナとトシヒコの険悪な雰囲気を紛らわせるように話題を変えた。
「毒殺が容易くなる。バイキング形式は、まあ俺様を毒殺できるほどの奴はいねえだろうけど、まあ物騒な奴はいないこともないからな」
軽口を叩きながらも、トシヒコは警戒を怠らなかった。それとなく敵意感知の魔法を使うと、いくつかの敵意が会場には点在している。
「これだけの面子が揃う席だ。それなりの格式ってものがある。さすがに首脳陣にはコースを振る舞うようだが、バイキング形式も併設してるのは前代未聞だな。あの色男、まさか毒殺騒ぎが起こる何かを仕掛けているんじゃないだろうな……」
トシヒコは直行を見て勘繰る。
「まさか直行くんはそんなことしないでしょ」
小夜子は楽観的だった
「けどよ、どうもこの会場には殺気が渦巻いてるぜ」
そのうち、クロノ王国〝七福人〟のネオ霍去病とソロモンは、直行と知里に対して殺気を宿していた。
それだけではない。法王庁の高官たちが知里に向ける敵意。
トシヒコは人の心は読めないまでも、和やかに見えるこの饗宴が一触即発の状態であることだけは容易に理解できた。
「俺とヒナちゃんの諍いなんて可愛いものさ。なあヒナちゃん、俺様のことが好きなら、ハーレムに入りなよ。小夜ちゃんも大歓迎だぜ。おっぱいはいくつあってもいいもんさ」
そう言ってトシヒコは2人のドレスの胸に手を伸ばそうとして、ヒナに指をねじられる。
「いててて冗談だよ」
「冗談でもセクハラは許されないわ。ねえママ?」
「トシちゃんは本当にエッチなんだから」
そう言いながらも、小夜子は大らかにたしなめる程度だった。
「小夜ちゃんは優しいなあ。それに男心ってものが分かってる。やっぱ正妻は小夜ちゃんだな」
「トシ! ふざけないで! それにあなた、この後ステージで挨拶する予定でしょ! 仮にも国家元首なんだからみっともない真似だけはしないで頂戴! ねえ聞いてる、トシ!」
トシヒコの軽口に、ヒナは激怒した。
暴力こそ振るわないものの、一方的にまくしたてた。
「ヒナちゃんはピリピリしてて、おっかないねぇ~」
一方そんな他愛もない3人のやりとりを『天耳通』を持つ法王ラー・スノールは聞き逃さなかった。
◇ ◆ ◇
「皆さま、たいへん長らくお待ちいたしました。ただいまより本日のメインイベント、勇者トシヒコ様よりの挨拶と重大発表。そして異国よりの花火がございます」
それぞれの交差する感情と敵意が行きかう饗宴。
直行はステージに上がり、メインイベントの司会進行を務める。
「勇者トシヒコ様、ステージまでお越しください。皆さま、ご着席をお願いいたします」
夕日は既に水平線に深く沈み、遠い景色は一面深い闇の中だった。
人工島を照らす精霊石の明かりだけが輝いていたが、それも消えた。
ステージにはもう1人の男の影が映っている。
壇上に上がった勇者トシヒコは、スポットライトに照らされていた。
次回予告
※本編には全く関係ありません。
「8月4日は、〝橋の日〟ですわ♪ 皆さんは橋といえばどんな橋を思い浮かべますか♪」
「わたしは瀬戸大橋。ちょうど昭和63年に開通したのよ!」
「1988年ですか♪ あたくしは生まれてもいませんわ♪ 知里さんは橋といえば?」
「ト○プリのオルディン大橋とF○風花雪月のミルディン大橋ってゲームは違うけど、名前が似てるのは狙ったのかしらね。任○堂IPなのは同じだし」
「知里さん。一部のゲーム好きにしか分からないこと言うのやめてくれよ」
「直行、アンタはどう思う?」
「分かんないよ。そんなことより次回の更新は8月7日を予定しています」
「知里さんのテレビゲームエッセイでいいんじゃないですか♪」




