481話・世界の秘密を解き明かす者たち
※今回は三人称でお送りします。
──逢魔が時。
夕日が西の空を燃やし尽くすように赤く染め上げている。
天頂付近は薄紫の空だった。
夜のセレモニーを前に、法王庁のテーブルにも長い影が伸びる。
──法王さまは、何だってあたしなんかを直々に指名しちゃったのか。
聖龍教会・第67代法王ラー・スノールの隣席に、知里は座っている。
──まいったなぁ……。
周りには高位の聖職者や聖騎士たち。
冒険者として過ごした知里のこれまでの人生では、余程のことがない限り接点のなかった者たちとの同席だ。
知ってる顔も、生臭坊主ジュントスと女騎士リーザくらい。それも知里にとっては微妙な関係の2人だ。
ジュントスは性欲の権化のような男で、知里にも興味津々。
一方のリーザとは、何度か命のやり取りをしたり、罵り合ったりした敵同士だ。
「あたしのようなお尋ね者の冒険者を呼ぶなんて、法王さまもお戯れが過ぎるようで……」
「……頼みたいことがあるのです。内々の依頼ではないので、あのように第三者がいても構いません」
法王は空間を挟んだ遠く向かい側のテーブルを見ている。
「……」
知里の表情が硬くなった。
──第三者っていうか、クロノ王国は明確に敵だけどね……。
法王庁と知里は決闘裁判で一悶着あったが、クロノ王国とは文字通り殺し合いをした関係だ。
向かいの長テーブルに座る者たちのうち、死霊使いソロモン、隻眼の騎士グンダリは親友の仇でもある。
できればこの場で殺してしまいたいほどに、知里は彼らを憎んでいた。
それをしないのは、彼女なりの直行や法王への義理立てと、冒険者としての矜持だった。
そんな知里に、静かに語りかける法王ラー・スノール。
「『時空の宮殿』で、貴女が得た宝物について、知りたいのです」
ラーが尋ねた。その問いは、知里が一番怖れていたものだった。
砂漠の果てにある遺跡『時空の宮殿』の探索。それは、彼女にとって思い出したくない記憶だった。
「……なんの……こと、でしょう?」
──どうする? なんて答えたらいいか……。
知里は肌がざわつくのを感じた。
「クロノ王国が『窃盗』で貴女を指名手配しているということは、当然何かしらの〝物〟を手にしているはずです」
知里が時空の宮殿で得た宝物は、親友が命懸けで託してくれたものだ。
一方でそれは「兄が使っていたスマートフォン」という、知里以外の者にとっては価値のない単なる「工業製品」でしかない。
なぜ、砂漠を超えた先の古代遺跡にそんなものがあったのか──?
知里が『時空の宮殿』で体験した「元の世界の記憶」は現実なのか否か──?
1000年前の遺跡の謎と、兄のスマートフォンの意味──?
そもそも法王は、「兄のスマホ」について、どこまで知っているのか──?
知里は、ラーから視線を逸らし続けていた。
やろうと思えばその心を読める。彼は妨害魔法を使っていない。
──「心を読みたければどうぞ」と言わんばかりの余裕ね……。
逆にそのことが、彼女をより不安にさせる。
「……話したくなければ、『答えるフリ』だけでも構いません」
まるで彼女の不安を見透かされたかのようで、知里はぞっとする。
心が読める知里が、逆に心理状態を読まれている。
ごまかすことはできないだろうと、知里は腹を決めた。
「……〝宝物〟だと、法王猊下はおっしゃいましたけど、〝それ〟はあたしの個人的な思い出の品で、この世界の人々にとっては、まったく価値のないものです」
「……そうでしょうか。法王庁に伝わる文献には、『時空の宮殿』の宝物は『世界の秘密を解き明かす鍵』だと記されています。心当たりはありませんか」
ラーは遺跡『時空の宮殿』について、数少ない文献と、「特殊な冒険者のふりをした」現地調査の経験を照らし合わせ、独自の研究を続けていた。
その結果、かの迷宮には「世界の創造」に関する重大な秘密が隠されていると思われた。
一方、知里はそこまでの真相にはたどり着いていない。
「心当たりはありません。いえ、まったく……」
──世界の秘密? 法王はあたしの知らないことまで知っているの?
「……そもそも、あたしが彼女から託された〝それ〟が、猊下の言われる〝宝物〟に当たるのか、確証はありません。本当に〝それ〟自体は、向こうの世界では誰でも簡単に手に入るものですから……」
知里は慎重に言葉を選んだ。
向かいの長テーブル、クロノ王国の席から視線を感じる。
ラーも、彼らの視線に気づいているようだった。
「公の場で貴女にこの話をしたのは、ふたつ理由があります」
彼も肩越しにクロノ王国の席に視線を送る。それは「あなた方クロノ王国を話題にしています」と言わんばかりのものだ。
法王は話を続ける。
「貴女はクロノ王国から『生死は問わず』の指名手配を受けています。当然、向こうは暗殺を含めて様々な手段で宝物を奪うつもりでしょう」
「まあ……そうですね」
「貴女の力ならば、降りかかる火の粉を払うのは容易い。ですが、親しい人が人質に取られる可能性は常にあります」
「そこまで親しい人は、もういないのですけどね……」
知里もラーも、心に思い描いた人に目を伏せて少しの沈黙が流れた。
「……クロノ王国は、貴女が持つ『世界の秘密を解き明かす鍵』を狙っています。法王庁としても、誰が手にしているかを常に把握している必要があるのです」
「異界人のあたしが持っているという事実の方が、よほど問題ではなくて?」
ラーは、どちらかとえば異界人に寛容ではあるものの、そこまで慈悲深い人間ではない。
必要であれば異界人だろうと手を組むし、利用価値がなければ側近だろうと粛清してしまう。
知里とラーが行動を共にしたのは、ほんの2週間ほどの短い間だったが、ともに命がけで遺跡に挑んだ経験は、百度の会食よりもお互いの気質を理解できた。
「もちろん。異界人が『時空の宮殿』で宝物を手にしたのは由々しき問題です。ですが、手にしたのが貴女である以上、『鍵』を使えるのは貴女だけという可能性もあります」
ラーがそう言う根拠として、古代魔法王国時代の遺物には、最初の所有者だけが装備できたり、使用できる魔法道具や魔法武器の存在がある。
今回の『鍵』が、そうであるかは分からないが、ラーは『鍵』の所有者である知里の動向には、目を光らせておく必要があった。
「そういう意味で、クロノ王国には、うかつに貴女の命を奪ってほしくないと思っています」
こうして法王と知里が『世界の秘密を解き明かす鍵』について話をする。この内容は間違いなくクロノ王国側に伝わっているだろう。
──彼らはすでにあたしたちの会話に、魔法で聞き耳を立てている。
知里はガルガ国王の側近のひとり・仇敵ソロモンを睨みつけた。




