480話・エルマの秘策
湖上に造られたリゾート風の浮き島。
沈む夕日が、景色を茜色に染める中……。
エルマの突拍子もない思いつきによる闘犬大会が始まろうとしていた。
召喚された4匹のコボルトたちは、シャドウボクシングをしたり飛び跳ねたりと、ウォーミングアップに余念がない。
戸惑う俺を尻目に、エルマは勝手にクロノ王国のテーブルを訪れて挨拶をしている。
「国王陛下♪ どのコボルトが勝つか、あたくしと賭けをなさいませんか?」
単刀直入に、そう切り出した。
「…………」
ガルガ国王をはじめ異能の側近集団〝七福人〟たちも、さすがに言葉が出ない。
まさか先日まで戦争していた相手から、賭けの提案が出るとは予想外で、国王以下みなが驚いている。
「……よもや、今さら互いの領土を賭けたいと申すのではなかろうな?」
エルマの意図が読めず、家臣たちがざわついている。
「あら。ロンレア伯爵の息女エルマさんですね。おそろしい二つ名を聞き及んでおりますが、ご本人はとっても可愛らしいお嬢さんでいらっしゃいますのね」
そんな微妙な空気を破ってエルマに話しかけたのは、王女アニマだった。
「アニマ姫様。このたびはご婚約おめでとうございます♪」
エルマは王女の大きな乳房を値踏みするように見た後、サラリと言った。
政略結婚の話は、最重要機密のはずだった。
「!!」
勇者トシヒコとアニマ王女というビッグカップルの婚約は、打ち上げ花火の最中に発表される予定だった。
現時点では、ごく一部の関係者しか知らない。
弱小ロンレア領主ごときが握っていい情報ではないのだ。
たまたま俺たちが知っていたのは、生臭坊主ジュントスという特殊なルートがあったからで……。
まさかエルマの奴、機密情報の不意打ちを浴びせたのか?
計算ずくなのか、単なるトリッキーな言動なのか。
初めて会う〝七福人〟たちも戸惑っている様子だ。
ただ一人、古代中国風の鎧を着た男だけは、蛇のような目つきでエルマを睨んでいる。
彼が、ネオ霍去病に間違いないだろう。
あの恐ろしいスキルで過去を読んでいるのか……?
勝手に突っ走ったエルマに対して、俺はどう対処していいか分からない。
戦力的に唯一対抗できるであろう知里は、法王の客として呼ばれているため、席が遠い。
…………。
「さて、余興ではございますが、賭けは真剣勝負でございます♪」
俺の不安をよそに、エルマは話し続けた。
「あたくしが勝った暁には、先日うっかり差し上げてしまった、わが家宝の虎の敷物を返していただけませんか♪」
「…………」
エルマの物言いに、俺は言葉も出なかった。
国王と、側近たちはさすがに驚いている様子だ。
「タハハハハ! 面白い奴だな」
「鬼畜令嬢おもっ!」
一方、側近たちの中にエルマを囃し立てる者たちがいる。
眼帯をした若武者と、吊り上がった目の白衣の女。アンナと似た雰囲気があるので、女はおそらく錬金術師だろう。
「まあ! お兄様! 面白い趣向ではありませんか? わたくしも健気なワンちゃんたちに興味津々です」
アニマ王女は、〝ハリウッドセレブ〟のようなローズゴールドの長い髪と、目のやり場に困るほどの大きな胸の持ち主だ。
しかしそれ以上に際立つのが、その瞳。
浮世離れしているというか、何を考えているのか全く分からない。
こんなことを思うのも失礼だが、意思疎通ができるのかも疑わしいような瞳をしている。
いままで俺が出会ったことのないタイプの女性だ。
「さすがアニマ姫さま♪ 国王様♪ どうかご検討あそばせ♪」
「よい……。王女がそう言うのならば、それでよい」
一方、間近で見るクロノ王国ガルガ国王は、意志薄弱な印象だった。
確かに精悍な顔つきで、体も鍛え抜かれている。
しかし、何というか、とても自ら政治を執り行い、他国を侵略するようなエネルギーを持ち合わせているとは思えない印象だ。
そんな国王は、中国風の鎧を着た青年と、長い銀髪マスク姿の青年の方をしきりと気にしている。
「ロンレア伯のご息女よ。声が遠い。もう少し寄って陛下に聞かせてやってくれ」
中国風の鎧を着た青年が手招きをする。
「失礼ですが、あなたはネオ霍去病様でございますね♪ 貴殿は人の過去が読めるのだとか♪ あたくしも女ですので秘密の一つも抱えております♪ どうかご容赦願いますわ♪」
エルマはにこやかな表情で拒絶した。
ネオ霍去病の表情が一変する。
「このくそガキが。調子に乗るなよ」
乱暴な言葉づかいで吐き捨てる。
彼の人となりの一端がうかがい知れた。
「これは失礼いたしました♪ では、闘犬大会は中止とさせていただきましょう♪」
エルマは試すような目で、王たちを見ている。
奴も奴で、クロノ王国に対してヤバいくらい物怖じをしていない。
沈黙が訪れた。
俺もどうしたらいいか分からない。
「なんだなんだ、どうしたい?」
そこに飄々と現れたのは、白いタキシードの男。
右手にはシャンパングラスを持っている。
勇者トシヒコだ。
「闘犬ってのは鬼畜令嬢らしくていいや。なあ陛下。俺様は白に賭けるぜ? 一丁やらねえか?」
「おお、これはこれは救国の勇者トシヒコ様」
勇者の登場に、ネオ霍去病は態度を一変させた。
先ほどまでの蛇のような睨みから、媚びへつらいの表情と卑屈な愛想笑い。
あまりにも露骨な豹変ぶりに、俺もエルマも言葉を失ってしまった。
「俺様はなァ、陛下に聞いているんだよ。俺様は白に賭ける。陛下は黒に賭けるか? それとも茶色か? 桃色か?」
ネオ霍去病をガン無視し、勇者トシヒコはガルガ国王に問いかけた。
「……黒に賭けよう」
ガルガ国王は、周囲の側近たちをチラリと見た後、言った。
「さあて、楽しい夜にしようぜ」
逢魔が時。
勇者とガルガ国王と、小生意気なエルマの遭遇……。
俺はなすすべもなく、ただ肝を冷やすばかりだ。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「7月21日といえば夏休みよねー」
「小夜子さんの夏休みといえば?」
「ラジオ体操にプール! 皆勤賞で賞状もらったわ!」
「さすがお小夜は健康的ねー」
「知里さんは冬でも毎日が夏休み♪ 毎日が日曜日で羨ましいですわー♪」
「まあね……って、あたしに振るのヤメテ」
「直行さんも毎日が夏休み♪ 羨ましいですわ~♪」
「……お、おう。次回の更新は7月23日を予定しています。『エルマも毎日が夏休み・エンドレスサマーの巻』お楽しみに」




