478話・グンダリが見た未来
クロノ王国の一団を乗せた飛行船は、中央湖につくられた人工の浮島の係留施設に着水した。
戦列艦を模した船から小型のボートがリフトで降ろされ、長く伸びた桟橋へ停泊する。
異文化交流会とはいいつつも、これから執り行われるのは、二大勢力その他諸侯の命運がかかる一大セレモニーだ。
それぞれ執政官や王族、領主たちを送り込んでいる以上、万が一のことがあってはならない。
それは、いま到着したクロノ王国にとっても、主催した直行たちにとっても同じことだ。
「クロノ王国の皆さま、ようこそおいでくださいましたー。私、案内役を務めさせていただきます異界人のナオルキと申しますー」
揉み手をしながら案内役を務める男は、ロンレア領主代行の異界人・直行。着慣れないタキシードに身を包み、愛想笑いを浮かべている。
ナオルキと名前をもじったのは、呪殺対策のためだ。効果のほどは分からないが、わずかでも呪殺の成功率を下げようという狙いがあった。
「こちらへどうぞ。ご案内いたしますー」
「…………」
先陣を切って歩き出したのは、国王側近〝七福人〟の中でも戦闘能力が高い者たち。
隻眼の騎士グンダリ、巨人戦士パタゴン・ノヴァ、〝死霊使い〟ソロモンが、それぞれの能力を駆使して周囲を警戒しながら歩く。
いずれも一騎当千の強者たちだ。中でもグンダリは、左目に埋め込んだスキル結晶の力で、数秒先の未来を見ることができる。
(視界内に刺客はいない……。コイツも危害を加えることはなさそう……だが)
グンダリは警戒してスキルを発動させ、数秒先の未来をチェックした。
(なに?)
そのとき突然、グンダリの目の前が真っ暗になった。
◇ ◆ ◇
どことも知れない戦場──。
さきほど知り合ったばかりの異界人ナオルキが、血まみれの姿で、何かを言いながら不敵に笑い、近づいてくる。
「てめえ! 俺の未来を奪ったことに飽き足らず、命まで獲りに来やがったのか!」
グンダリは自分がそう叫んでいる幻覚を見た。
ナオルキは首を横に振り、命を奪う意図はない意志を示しているようだ。何かを言っているようだが、よくは聞き取れない。
「知里さんが来る前に、やんないとな」
……。
…………。
◇ ◆ ◇
「どうか、しましたか?」
グンダリが我に返ると、〝異界人ナオルキ〟が心配そうに尋ねてきた。
(白日夢……? いや、オレぁ先の未来を見てたのか……)
グンダリは特殊スキルにより数秒先の未来が見える。
しかし、さっき見た映像は、数秒どころではない未来の映像であると直感し、確信した。
「何でもねえ。おい、後の者は続け!」
グンダリが右手を上げて合図すると、中衛をネオ霍去病やゴダイヴァといった非戦闘系の七福人が続く。
ネオ霍去病は、薄笑いを浮かべて、直行を睨みつけていた。
「あいつ、たぶん〝ロンレアの恥知らず〟だよな?」
先行していたグンダリは小走りで戻り、ネオ霍去病の耳元で囁いた。
「〝恥知らず〟は確かナオユキとかいう名前だったろう。ユなのかルなのか、どっちなんだ。異界の発音はハッキリせんな」
「ああ、少々聞き取りづらいな。また別の発音かもしれぬ」
ネオ霍去病は口元を歪ませた。彼の能力は、他人の過去を見通せる。しかし、異界の記憶や前世までは読み取れない。
彼は呪殺を得意とするが、ターゲットの情報量が多ければ多いほど呪殺の成功率は上がり、本名さえ分からなければ下がってしまう。
「陛下のーお出ましーなりー。皆、控えよー」
後方から、祝詞のような独特の発音で呼び出しがあり、飛行船から黒と金の装飾が施された小舟が下りてきた。
物々しい護衛、傘持ち、楽隊とともに王族の登場だ。
アニマ王女とガルガ国王を取り囲むように近衛騎士団が護衛する。
「ねぇお兄様。お水の上に街があるなんて不思議ですね。わたくし、このような場所に立つのは初めてです」
アニマ王女が目を丸くして周囲を眺めている。
「……そうだな」
浮島に立つのはガルガ国王も初めてだった。
と、言うよりもこの男はガルガ国王ではない。七福人ネオ・ゴダイヴァによって精巧に作られた影武者である。
七福人ネオ・ゴダイヴァこと錬金術師サナ・リーペンスは、人体改造などの禁忌を犯したいがため、自らの経歴を抹消し、特権階級としての肩書および本名さえも捨てて匿名の側近集団に属した。
彼女は嬉々として日夜人体実験を繰り返し、より屈強な兵士や、魔物との合成人間など、忌まわしい研究に手を染めていった。
ガルガ国王の影武者の育成も、死霊使いソロモンと共同で秘密裏に行った。
「王女様の婚約発表ともなれば、国王陛下が出席しないわけにもいかないよねえ」
「だがロンレアの恥知らずと鬼畜令嬢はどんな卑劣な手段を用いてくるか分からぬ。ましてや、敵には〝クソ猫〟がいる。陛下を矢面に立たせるわけには……」
「まー王様がいなくなっちゃうと、アタシたち〝七福人〟なんてならず者集団だしねー」
ガルガ国王の影武者は、姿形はもちろん、記憶までもが操作され、本人でさえ自分が国王であることを疑いもしなかった。
そんなことはつゆ知らず、鬼畜令嬢エルマたちロンレア領の一行は、クロノ王国の首脳たちに晴れやかに挨拶をする。
「ようこそおいでくださいました♪ 皆さまがたを歓迎するセレモニーとして、ささやかながら闘犬大会を開催いたします♪ ごゆっくり、お楽しみくださいませ♪」
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「突然ですが、直行さんはビアガーデンには行ったことがありますか♪」
「ホントに突然だなエルマよ。俺はビール好きだが、ビアガーデンには行ったことないな。野外は夜でもさすがに暑すぎるからな」
「昭和の時代には女性同士がプロレスをする、キャットファイトもやっていたそうじゃないですか♪ ねー、小夜子さん♪」
「わ、わたしに聞かないでよ。高校生だし、そんなハレンチなこと知らないもん!」
「せっかくだから小夜子さん、ヒナさんと母娘キャットファイト♪ いかがですか♪」
「こないだの次回予告でも言ってたよなエルマ、いいかげんにしろよ」
「闘犬の次は、大迫力のキャットファイトをお届けしますわー♪」
「ウソ予告ヤメロ。次回の更新は7月18日を予定しています。まさかの御前闘犬回? お楽しみに」
「第二ラウンドからは、泥レスになりますわー♪」




