477話・司会進行の〝ナオルキ〟
直行が仕掛けた異文化交流会の会場は、中央湖の真ん中に位置する。
水上都市をモチーフにしたクルージングパーティーの会場だった。
「島が見えたぞぉ」
「おお!」
「これはなかなかの趣向ですな。もっとこじんまりしたところでやるんだと思っていたが」
諸侯たちの間で歓声が上がった。
中央湖の静かな湖面に人工の浮島を幾つも建造し、連結する。
収容人数は、およそ3000人。もっとも、一般の観客を受け入れるわけではないので会場は整然としている。
「船を回せ! われらの係留地はそちらだ」
各勢力ごとにエントランス区画を設け、それぞれの船で乗りつける。
係留地にはあらかじめ諸侯の紋章が描かれていて、それぞれが留まるべきエリアが決まっていた。
効率を考えれば〝勇者自治区〟で開催するほうが予算的にも合理的だった。
あえてそれをしなかったのは、地理的に中立の場所を選びたかったからだ。
そして船着き場をバラバラにしたのは、諸侯同士の不用意な接触を避けるため。
クロノ王国とロンレア領など、つい先日まで戦争していた勢力同士もある。
それ以外にも、先祖代々の遺恨があったり、因縁があったりする者同士がなるべく隣接しないように配慮されていた。
「ヨうこそいらっしゃいまセ。異文化交流会へようこソ」
独特の発音で案内役を務める黒髪の女性は、かつて暗殺者集団〝鵺〟に所属し、今は足を洗って直行の側近となった魚面。
転生者だった彼女は13歳のときに謎の女召喚士「ヒルコ」に顔面と前世の記憶を奪われた。
途方に暮れていたところを、〝鵺〟の猿に拾われ、魚の仮面をつけて殺し屋稼業に手を染めてきた。
彼女の独特の発音は、顔を奪われたときに口唇を損傷したことが原因だ。
それが何の因果か直行の軍門に下り、エルマのスキルによって〝ゆるふわ量産型美人〟の顔面を授けられたため、以来直行のボディガード兼、エルマの召喚術の師として行動を共にしている。
ようするに案内嬢は表の任務にすぎず、実際は警備員であり、万が一のときのための戦闘員である。
直行は非常事態に対処できるよう、信頼できる戦闘員を各所に配置している。
彼女が手なずけた召喚獣たちも、各所に潜伏させて有事の際に備えてある。
また、しばらく行方不明だったエルフの射手スフィスにも、その尖った耳を隠してもらい、高台からの監視役を頼んだ。
このほかにも〝ディンドラッド商会から出向してきた職員〟という名目で、ロンレア領の関係者たちが各所で警戒に当たっている。
◇ ◆ ◇
中央のメイン会場には、豪華客船の甲板のようにプールやステージなどが整備されている。
そして各勢力ごとに、式典用の長テーブル。
このほかにも、天幕に覆われたエリアにはラウンジや飲食できるパーティースペース、果ては闘犬用の特設リングまで隠されている。
クロノ王国だけでも随行者の数は300人以上だ。
各国の首脳をはじめ、身辺警護の騎士や身の回りの世話をする従者など、会場には続々と関係者が集まってきていた。
勇者自治区の蒸気船に、法王庁の魔導双胴船。
ディンドラッド商会の用意した客船に乗る諸侯たち、意匠を凝らした各家の紋章を宿した旗が翻る。それはさながら、華麗なる水上の共演。
だが、クロノ王国の飛行戦艦は湖に浮かぶ船たちを嘲笑うかのように、爆音を上げながら大空を切り裂かんばかりに飛んできた。
今回の異文化交流会に参加するのは、〝青嵐の国王〟ガルガと、末の妹アニマ王女。
国王兄妹を警護するのは、近衛騎士団と呼ばれる若手の騎士たちだ。
彼らはみな譜代の家臣団出身であり、国王ガルガが幼少期から轡を並べた幼馴染みでもある。
ガルガが自ら政治を行う〝親政〟を宣言してからは、彼らは近衛騎士団の地位を与えられ、要人警護や式典の警備を任されてきた。
全員が黒い鎧を身にまとうことから、通称〝黒鎧の兄弟〟とも呼ばれている。
彼らは確かな出自と華やかな経歴を持ち、文武両道、眉目秀麗であることから国内での人気も高い。
また、彼らは先祖代々、歴代国王に仕えてきたために、先代の家臣たちからの信頼も厚かった。
一方で、ガルガ国王はもう一つ、不気味な側近集団を抱えている。
〝七福人〟という奇妙な呼ばれ方をする側近たちだ。
彼らは近衛騎士団とは対照的に、出自も分からず、急進派としてガルガ国王による改革を支える立場にあった。
〝霍去病〟や〝グンダリ〟〝ソロモン〟など、全員が〝地球〟の神々や英雄たちの名を語っている。匿名集団ということもあり、表に出せない経歴の者がほとんどだ。
しかしその実力は確かであり、譜代の家臣団からは疎まれながらも、ガルガ国王からの信頼は厚かった。
華やかな近衛騎士団は、クロノ王国の表の顔として内外に広く知られている。
一方、七福人は確かな実力と、手段を選ばない実行力で王国を支える裏の顔──。
ガルガの親政には、若い二大家臣団が、車の両輪のようにその治世を支えている。
◇ ◆ ◇
「クロノ王国の皆さま、ようこそおいでくださいましたー」
揉み手をして彼らを案内したのは、この異文化交流会を仕掛けた張本人である異界人・九重直行だ。
「私、進行役を務めさせていただきます、ナオルキという異界人でございます~」
着慣れないタキシード姿で愛想笑いを浮かべるさまは、異なる文化で生きる者たちにも気味が悪く感じられた。
「ささっ、会場までご案内させていただきます~」
そう言って直行は、クロノ王国の一行を案内する。
一団の先頭を行くのは、七福人メンバーで騎士のグンダリ・アバターと、大男の戦士パタゴン・ノヴァ。
その後ろを、死霊使いソロモンが続く。
(聞きしに勝るヤバそうな連中だ)
直行の背筋に、冷たい汗が走った。
次回予告
※本編とは一切関係ありません。
「今回から直行さんの一人称ではなくなりましたわね♪ 主役降板ですか♪」
「何を言っているんだエルマよ。〝花火大会編〟は、俺の視点だけだと、諸侯たちの動きを描写しきれないからな」
「あたくしの一人称でもよかったのに♪」
「勇者トシヒコと法王ラー・スノール、そして〝青嵐の国王〟ガルガ・スノール。世界の重要人物が一堂に会するわけだ」
「みーんなまとめて、やっちまえば♪ あたくしたちの天下ですわ♪ ねー♪ 知里さん♪」
「まあね」
「次回の更新は7月16日を予定しています♪ 『エルマの野望♪ 闘犬風雲禄』お楽しみに♪」




