473話・出航! 紙テープセレモニー
中央湖の上空は、雲ひとつない快晴だった。
「今夜の花火、きっとキレイに上がるでしょうね♪」
王女と勇者の湖上婚約パーティーは、日没をもって開始される。
「きっとお空も、トシちゃんたちの婚約を祝福しているのよ」
俺たちは今、勇者自治区の港で出航のときを待っている。
ここは20世紀初頭のアメリカを模した港。古き良き時代の雰囲気を再現したエリアだ。
会場である湖上の浮島へ向かう船は、ディンドラッド商会が所有する連絡船。エルマが『複製』スキルで改装し、豪華な装飾を施したものだ。
「にわか仕込みですが、充分に立派な豪華客船ですわ♪」
エルマが自慢気に鼻を鳴らす。確かに傑作だ。パーティーを彩るロマンチックな雰囲気は演出できたと思う。
「ああ。見た目だけはな」
「うわぁ、キレイな船。ステキじゃない!」
おめかしをしてドット柄のドレスを着た小夜子が声を上げた。
「ハリボテですけどねー♪」
「はい。装飾した船を、エルマお嬢さまの『複製』で量産いたしました」
エルマはダークレッドのドレスをまとい、少し大人びた装い。
黒いドレスのレモリーが隣にいるので、悪の女幹部っぽい印象だった。
「あら。あれは……」
中央湖の北東、法王庁の方角に、大空を遊泳する聖龍の姿が見える。
「久しぶりの聖龍様だな。最近はあまり見かけなかったけど」
リュウグウノツカイに似た姿だが、聖龍はこの世界の守り神として崇められている。
「はえー、ここで聖龍さまを見るのは初めてだ」
聖龍が勇者自治区から見えるのは極めて珍しい。その光景に野次馬たちがどよめいている。
「法王猊下が自治区においでだからだろう」
「しかし聖龍ったって、〝現代組〟には超デカい深海魚にしか見えねえよな……」
勇者自治区に住む者たちでも、転生者と現地人移住者とでは微妙に温度差があるようだった。
そんな自治区の港には、色とりどりの見慣れない船が停泊している。
それぞれの勢力が船を出して集まっているからだ。
法王庁の船は、金と白を基調とした荘厳なもの。
勇者自治区の船は、古き良きアメリカ風の蒸気船をパーティ用に改装していた。
「おや、クロノ王国のお船が見当たりませんわね♪ ドタキャンですか?」
エルマが気付いたように、クロノ王国の旗や、ガルガ国王の側近集団である〝七福人〟の紋章を掲げた船は見当たらない。
「知里さんに恐れをなしたのですかねー?」
「ううん。クロノ王国の宰相をはじめとした高官は、ちゃんとホテルに宿泊しているはずよ。昨日は、トシちゃんやヒナちゃんと非公式会談をしていたもの」
王女アニマと勇者トシヒコの婚約発表に、クロノ王国がドタキャンというのはまずあり得ない話だ。
「ただ、七福人の姿はなかった……。奴らがどう出るのか、見当もつかないわ」
知里だけが暗い瞳で港を睨んでいる。
「さあて。俺たちも船に乗り込むとしよう」
交錯する勢力の策略、打算、あるいは個人の憎悪……。時間は立ち止まってはくれず、刻一刻と開場となる日没のそのときへと進んでいく……。
さまざまな思いを胸に、俺たちは船に乗り込んだ。
◇ ◆ ◇
「ふん♪ 直行さん♪ 勇者トシヒコさんたちも船に乗り込みますわ♪」
「はい。あちらは派手な乗船ですね」
首魁の勇者トシヒコ以下、賢者ヒナ、商人ミウラサキ等、魔王討伐メンバーや勇者自治区の技術官僚、そしてアイカをはじめとする執行部の側近たちが、次々と19世紀風の蒸気船へ乗り込んでいく。
彼らの技術力があれば、航空機はもちろん、潜水艦、果てはドローン等の無人偵察機まで、何でも秘密裏に有しているのだが、蒸気船とは、どことなく前時代的で懐かしい。ヒナの趣味もあるのだろう。
「みんな、お見送りありがとう」
甲板のいちばん目立つ位置で皆に手を振る、スタイル抜群の美女は、執政官ヒナ・メルトエヴァレンス。
彼女は往年のハリウッド女優が着ていたようなスパンコールのドレスをまとい、白い手袋をはめ、魔法のタクトを持っている。
「おおおーっ! ヒナ執政官!」
「花火、港から楽しませてもらいますよー!」
「ヒナさまー! 会談の成功をお祈りしておりますー!」
彼女は大きく手を振って観衆の歓声に応えていた。隣には花柄のサマードレスを着たアイカが控えている。
一方、白いタキシード姿のトシヒコは、左手をポケットに突っ込んだまま、面倒くさそうに右手を振った。
ちなみにアニマ王女との婚約は、この時点では市民たちには知らされていない。花火大会で公式発表された後に、会見を開くのだとか。
「どうも~」
ミウラサキは相変わらず、目を丸くして子供のように落ち着きがない様子だ。白いレーシングスーツが浮いている。
「ヒナさまー! トシヒコさまー!」
「花火、ここからも見えるように打ち上げるから! みんなも楽しんでねー!!」
住民たちの歓声に応えて、ヒナが魔法のタクトを振り上げると、蒸気船の上空に色とりどりの紙テープが出現した。
「おおおおー!」
「綺麗……」
突如空中に現れた紙テープは、魔法の力によってカラフルな放物線を描きながら岸壁に伸びていく。
港に集められたブラスバンドが奏でる軽快な音楽。
どこからか鳴り響くドラの音。
五色の紙テープが舞う。
港は一気に非日常の空間へと様変わりした。
自治区の住民たちは、われ先にと紙テープをつかみ、港と船をつなぎ、英雄たちを送り出そうとしている。
「直行さま。あの紐のようなものは何でしょう」
「あれか。あれは紙テープ投げとか紙テープセレモニーとかって言い方するよな」
「異界の風習で、岸壁と船を紙テープでつないで別れの出港を演出するのですわ。片付けも大変でしょうに……」
エルマはそんな出航のセレモニーを、しょっぱい顔で見つめている。
「大げさよね。ヒナらしいっちゃ、ヒナらしいけど」
知里も苦笑いしている。
「……ま、いいんですけどね。あたくしとは違う世界の人間ですから♪」
色とりどりの紙テープが舞い、それを受け取った住民たちが船とつながる。
元の世界で俺の実家は漁師町にあったが、客船の寄港先ではなかったので、この目で見たのは初めてだ。
「古き良き港町と蒸気船とが相まって、結構印象的な光景だな」
「お小夜もあっちの船に乗ればよかったのに。英雄のメンバーなんだから」
「わたしはいいのよ、こっちで」
知里も小夜子も、眩しそうに勇者たちの出航を見ていた。
次回予告
本編とはまったく関係ありません。
「直行さん♪ 今回のイラストは抽象画みたいですわね♪」
「紙テープを描いたんだろう。もう少し手の込んだ絵を描くつもりだったが、作者が夏バテでダウンしたようだ」
「連載危機ですか♪」
「どうにか持ち直したようで、次回の更新は7月7日を予定しているようだ」
「どうか皆様も夏バテにはお気をつけくださいませ♪」




